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不動産で失敗、馬は走らず...。
それでも中根仁はプロ野球で稼ぎ続けた (2ページ目)

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • photo by Kyodo News

――世の中においしい話はなかなかないということですね。

中根 CMに出るような選手なら副収入も多いんでしょうが、地道が一番ですよ。年俸以外の収入といえば、勝利給というか報奨金が出ましたね。1試合あたりにいくらかもらえるという制度があって、バファローズ時代は1試合あたり35万円。それを活躍した何人かで分けました。ベイスターズではその3倍以上の額だったので、レギュラーの選手はそれだけで飲み食いできた。一番もらっていたのはチャンスに強かった(ロバート・)ローズでしたね。

――ところで、中根さんは何度も手術をされていますよね。

中根 えーと、8回かな? プロに入ってからは6回ですね。膝、手首、肘、肩などなど......手術の縫いあとがたくさんあったので、当時は「プロ野球界の大仁田厚」と言われました(笑)。

――プロ15年間で6回ですか。手術代やリハビリにかかる費用はどうしたんですか?

中根 球団指定の病院で手術をする場合は球団持ち。それ以外は選手の負担ですね。差額ベッド代などもそうです。1995年の手首の手術は、球団の提携しているところとは違う病院でやったので、自分で全額払いました。どのくらいかかったのかなぁ......。

――なぜ、球団指定ではない病院で手術を行なったんですか?

中根 当時のバファローズの治療方針に納得できなかったからです。球団のやり方だと復活できそうになかったので、いくつか病院を回って、やっといいところを見つけました。手首の骨を4ミリ削ってくっつけるという手術だったのですが、「中根さんのために電動ノコを仕入れました」と言われて。でも、その電動ノコギリがなぜか手術の日に動かず、結局は手ノコでギコギコやられました。局部麻酔だったから、削られているのがよくわかりました。「先生、頑張ってくれてるなあ」と思いましたよ。

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