かつての剛腕3人の光と影。トライアウトで見た「帝京魂」 (4ページ目)

  • 菊地高弘●文・写真 text&photo by Kikuchi Takahiro

 帝京トリオの最後に登板したのは、まだ22歳の若き右腕・伊藤拓郎だった。高校1年時のストレートは凄まじかった。夏の甲子園デビュー戦でいきなり147キロをマーク。うなりを上げるような剛速球に、場内からは大きなどよめきが起きた。

 今季、新人ながらDeNAのクローザーに君臨した山﨑康晃は、帝京高時代は伊藤の1学年先輩。だが、高校当時の山﨑は主に3番手格の投手。「(伊藤)拓郎は本当に凄かったです。競争が激しかったので、僕はなんとか7〜8人の投手陣のレギュラークラスに入れるように必死でした」と当時を振り返っていた。

 高校1年当時、伊藤は「2年後は高卒でメジャーに行きたい」と語り、またその言葉が大言壮語に聞こえない実力と馬力があった。しかし、高校2年以降に投球フォームを崩した伊藤の野球人生は、大きく変わってしまう。

 一時は「投げ方がわからなくなった」と言うほどに悩み、苦しみ、2011年のドラフト時には、メジャーどころかNPBでもこの年の「ドラフト最下位」の9位でDeNAに拾われた。プロではスライダーを武器に1年目から2試合に登板するが、3年目の秋に戦力外通告。今季はBCリーグの群馬ダイヤモンドペガサスでプレーした。

 トライアウトで登板した伊藤は、試行錯誤のあとがうかがえた。左足を大きく一塁側に引く特異なセットポジションに、腕の振りもやや横振りになっていた。

 この日の結果は、打者3人を相手に被安打0、奪三振1。トライアウト終了後、帰路につこうとする伊藤に声を掛けると、伊藤は穏やかな笑顔を浮かべて取材に応じてくれた。

「今年1年、やってきたことが出せたと思います。欲を言えば、もっと球速を出したかったですけど」

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