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バレンティン「56号」狂想曲、もうひとつの物語 (5ページ目)

  • 島村誠也●文 text by Shimamura Seiya
  • photo by Nikkan sports

9月14日 神宮球場 ヤクルト対阪神

 チケットは朝8時に完売。狂騒曲もクライマックスへ突入。さらにこの日は、隣の国立競技場でサッカーJ1の浦和レッズ対FC東京が開催。神宮球場でも昼は六大学野球の秋季リーグが開幕した。

―― 今日は神宮で何があるかご存じですか? 国立競技場でレッズファンの石田さん(青年)に声をかけてみた。

「なんか阪神ファンがいるなあとは思っていたけど、全然わかんないです。ホームラン記録ですか? そうなんですか。野球は知らないんで。ごめんなさい(笑)」

 FC東京ファンの関さん(ふたりのお子さん連れの男性)にも突撃。

「あれですよね、ローズもカブレラも出なかったですよね。でもニュース見ていると勝負してるみたいなんで、今日あたり出るんじゃないですか。野村(克也)さんはメジャーのお払い箱が記録なんて日本の恥だとか言ってますけど、アメリカではイチローが記録達成したら讃えられたじゃないですか。日本もそうなってほしいですよね」

 試合の方は混沌というか騒然。マートンと相川亮二が暴力行為で退場。レフトの守備位置から乱闘現場へバレンティンが走り出すと、阪神ファンから「行ったらアカンて。ケガしてまうやろ!」と悲鳴。8回裏二死一、二塁でバレンティン。渡辺亮が初球をワイルドピッチ。ランナーがそれぞれ進塁し敬遠がはっきりすると、レフトの阪神ファンから、渡辺の自作自演のような投球に激しいブーイングと罵声。「なんやねんそれ!」「情けな」「負けてるんやから打たれたってかまへんやんけ!」

 明日は大型台風が上陸の模様。試合が中止になれば神宮での記録達成は難しいことに。
「もう神宮うんぬんじゃなく、早く1本を打って(この狂騒曲から)解放されたい」(バレンティン)

9月15日 神宮球場 ヤクルト対阪神

 一野瀬さん(前出)は空を見上げて「天が我々の味方をしたね」と笑った。午前中の東京は猛烈な雨に襲われたが(デイゲームだったら間違いなく中止)、午後には晴れ間もみえはじめ、プレイボール! そして、いきなり訪れた感動と興奮の56号本塁打! ホームラン狂騒曲はハッピーエンディングを迎えたのだった。

 息をきらしたふたりの若い男性が、私の左横に座ったのは3回表のことだった。

――もしかして56号を見逃しました?

「間に合いませんでした」

――え~! ホームランが見たかったのですよね。

「今日は(野球部の)先輩を見にきたんです。(そういってマウンドの榎田をさす)」

――ええええ! 榎田投手が先輩なんですか。56本打たれてしまいましたね。

「福岡大で僕たちが2年のときに4年でした。他は怖い先輩ばかりでしたけど、榎田さんは優しい先輩だったですね。56本は見なくてよかったかも」

 その最中にバレンティンに打席が回ってくる。

「でも、どうせならもう1本見たい(笑)」

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