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【WBC】アメリカ代表が「世界一を決める必要があるのか?」から本気になるまで 「最強メンバー」の背景にある侍ジャパンの存在 (2ページ目)

  • 奥田秀樹●取材・文 text by Hideki Okuda

【サッカーW杯のイングランドとWBCのアメリカ代表】

 こうしたアメリカの姿勢は、1930年に始まったサッカーのワールドカップと、競技の母国であるイングランドの関係によく似ている。

 ご存じのように、イングランドはサッカーを「制度化した国」だった。手を使わないという原則、オフサイドやファウルの概念を初めて文章で定義し、サッカーを遊びから「競技」へと昇華させた。世界初の国内プロリーグを創設し、昇降格制度やホーム&アウェー、週末に観戦する文化を築いたのもイングランドである。さらにその競技を、南米、欧州、アフリカ、アジアへと広めていった。

 その過程で、サッカーは「イングランドが世界に教えた競技」という意識が生まれ、「教える側」と「学ぶ側」という上下関係が形成されていった。しかし、"弟子たち"は独自の進化を遂げる。1904年にFIFAが設立され、1930年には第1回のワールドカップが開催された。

 それに対し、イングランドは、FIFA(国際サッカー連盟)への加盟こそ設立2年後の1906年に果たしたものの、ワールドカップへの初参加は1950年の第4回大会まで遅れた。自分たちは圧倒的に強く、「世界一を決める必要はない」と考えていたからである(連盟との方針の違いから1928年にFIFAを一時脱退し46年に再加盟)。そこには、「国内リーグが本体で、代表は副産物」という価値観が定着していた。

 1950年以降、ワールドカップに参加するようになっても、イングランドは思うように勝ち進めなかった。ロングボールを主体とする伝統的なプレースタイルは、戦術や育成が急速に進化する世界の潮流から取り残され、かつての世界最強の座から転落していった。1966年の第8回大会では自国開催で初優勝を果たしたが、栄冠に輝いたのはこの一度きりである。その後は、1990年と2018年の4位が最高成績にとどまっている。

 WBCはMLBが主導して創設したイベントであり、ワールドカップサッカーとイングランドの関係と完全に重なるわけではない。ただ、イングランドが「国内リーグが本体で、代表は副産物」という発想に長く縛られてきた点は、MLBが公式戦を最優先し、WBCをエキシビション扱いしてきた姿勢と重なる。

 そのアメリカの意識が明確に変わった転換点が、WBC第5回大会、2023年の決勝――侍ジャパン対チームUSAだったと、筆者は思う。

 9回2死、1点差。打席にはマイク・トラウト(ロサンゼルス・エンゼルス)、マウンドには大谷翔平。世界が注目した頂上決戦は、トラウトの空振り三振で幕を閉じた。ヘルメットを外したトラウトは、その場でしばらく動けなかった。試合後、トラウトは敗戦を真正面から受け止め、「これはエキシビションじゃない。本気で勝ちたかったし、本当に悔しい」と語っている。その言葉こそが、この大会の位置付けがアメリカのなかで変わったことを雄弁に物語っていた。

 日本を倒し、アメリカこそが世界一であることをあらためて証明する――。その明確な目的のもと、主将を務めるアーロン・ジャッジ(ニューヨーク・ヤンキース)を中心に、タリク・スクバル(デトロイト・タイガース)、ポール・スキーンズ(ピッツバーグ・パイレーツ)という球界最高峰の投手たちが集結した。今回のチームUSAは、これまでとは明らかに意味が違う。

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