山本由伸&ドジャースとブルージェイズの明暗を分けた「ワールドシリーズ第7戦9回裏1死満塁」の裏側 (2ページ目)
【満塁での打席は、長く頭に残るだろう】
第7戦9回裏1死満塁からの二塁ゴロ、本塁はクロスプレーとなったがアウトに photo by Getty Images
左打ちのダルトン・バーショをカウント1ボール・2ストライクと追い込んだ山本は外角低めにスプリットを投じる。バーショが引っ掛けるようにバットに当てた打球は、ミゲル・ロハス二塁手の右横へのゴロに。ロハスはややバランスを崩しながら捕球するも、体勢を持ち直して本塁へ送球。ウィル・スミス捕手が足をわずかにホームプレートから浮かせながらキャッチすると、三塁走者だったアイザイア・カイナー=ファレファのスライディングがホームを通過する一瞬前に足を戻した。
4万4713人の熱狂的な観衆が息を呑み、永遠にも感じられた刹那。カイナー=ファレファにはアウトが告げられ、チャレンジしても判定は変わらなかった。試合後、悔しさを隠しきれなかったブルージェイズのジョン・シュナイダー監督はほかのキープレーとともに、何度かこの場面にも触れていた。
「満塁での打席は、長く頭に残るだろう。イジー(カイナー=ファレファ)はあと少し届かず、ウィル(スミス)はプレートから足を外しかけた」
その差はわずかだった。大車輪の働きを続けた山本から1点を奪うのに、この場面で安打は必要なかった。バーショのゴロがわずかに緩いか、あと少し横にズレていたら? カイナー=ファレファがあと少しだけ大きなリードを取っていれば? スミスが浮かせた足を下ろすのがもう少しだけ遅れていたら?
カイナー=ファレファのリードが小さく、スタートも遅かったことは、のちに取り沙汰された。実際に映像を振り返っても、マックス・マンシー三塁手が完全に無警戒だったにもかかわらず、ほとんどリードを取っていなかった。
スポーツメディア『The Athletic』のクリス・クリシュナー記者によると、MLBのデータサイト『Statcast』によるカイナー=ファレファのリードの位置データは、以下のとおりだったという。
・プライマリー・リード(投球前の最初のリード)は7.8フィート(約2.4メートル)で、ワールドシリーズでの全381人の走者中357位
・セカンダリ・リード(投球動作中のリード)は8.9フィート(約2.7メートル)で、同全376人の走者中366位
・スプリントスピード(走塁速度)は28.2フィート(8.6メートル)/秒で、同689回計測中61位
カイナー=ファレファの名誉のために記しておくと、異常なまでに小さかったリードはベンチからの指示だった。試合後、あの場面を振り返った30歳のベテラン野手はこう述べている。
「(コーチ陣から)ベースに近い位置にいるように、言われていた。あのような状況で、強烈なライナーでダブルプレーにされるのは避けたかった」
ブルージェイズの思考も理解できる。第6戦では2点を追った9回1死二、三塁、アンドレス・ヒメネスの左直で飛び出した二塁走者のアディソン・バージャーが戻りきれずに刺されてダブルプレーになっていた。第7戦でも8回無死二塁、ヒメネスのバスターからの弾丸ライナーがマンシー三塁手の正面をつき、あやうく併殺になりかけたシーンがあった。バーショの後を打つアーニー・クレメントが今ポストシーズンでは絶好調だったことも考慮し、ダブルプレーで一瞬にしてチャンスが潰えることだけは避けたかったのだろう。
しかしーー。超人的な粘り強さを示した山本から何とか1点をもぎ取る機会があったとすれば、やはりこの状況だった。カイナー=ファレファの走塁速度自体は十分だったゆえ、判断ミスとは言いきれない。言うなれば、ほんのわずかなボタンの掛け違い。バーショのバットからゴロが放たれてから、三塁走者がアウトになるまで4秒にも満たない一瞬のプレーを、ブルージェイズのファンは永遠に反芻することになるに違いない。
つづく
著者プロフィール
杉浦大介 (すぎうら・だいすけ)
すぎうら・だいすけ 東京都生まれ。高校球児からアマチュアボクサーを経て大学卒業と同時に渡米。ニューヨークでフリーライターになる。現在はNBA、MLB、NFL、ボクシングなどを中心に精力的に取材活動を行なう
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