「人格や覚悟はカネで買えない」大谷翔平と山本由伸が「最高のワールドシリーズ」で世界中に証明したもの
大車輪の活躍でドジャースの2連覇に貢献した山本由伸(左)と大谷翔平 photo by Getty Images
後編:2025年ワールドシリーズ「ドジャースvsブルージェイズ」の残照
記録と記憶に残る2025年のワールドシリーズ。ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平と山本由伸は、世界のスポーツ界に携わる多くの人々に、野球の魅力を再発見させてくれた。
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【大谷にとって"限界"とは、挑むための基準でしかない】
ナ・リーグ優勝決定シリーズでミルウォーキー・ブルワーズをスイープしたあと、ロサンゼルス・ドジャースのデーブ・ロバーツ監督はこう言い放った。
「シーズン前は(金満球団の)ドジャースが野球を壊すって言われた。でも、あと4勝して本当に壊してやろうぜ!」
その挑発にも似た言葉の裏には、プレッシャーを力に変える覚悟があった。ドジャースで最高額の契約を結んでいるのは、言うまでもなく10年7億ドル(約1015億円)の大谷翔平、そして、12年3億2500万ドル(約463億円)の山本由伸である。確かにドジャースは「戦力均衡」の理念を揺るがす存在かもしれない。だが、このふたりが見せたのは、金額では測れない「限界の向こう側」だった。
まずは大谷だ。彼はこれまで何度も常識を打ち破ってきたが、今回ばかりは「限界」という言葉が現実味を帯びていた。
今季、大谷は公式戦からポストシーズンにかけて175試合に出場し、打席数は810。投手としても18試合に先発し、計67回1/3を投げた。その肉体に、さらに過酷な試練が襲う。ワールドシリーズ第3戦が18回に及ぶ死闘となり、大谷は2本塁打を含む9度の出塁を果たしたが、終盤には脚を痙攣させていた。それでも翌日、わずか17時間後には第4戦の先発マウンドに立たなければならなかった。さらに第7戦でも、通常は中6日を守る彼が、中3日で先発した。それでも大谷は、いつものように淡々としていた。
延長18回の試合後、どれだけ眠れたのかと問われると、「(深夜)2時ぐらいにベッドには行きました。それなりに睡眠は取れましたし、昨日は長い試合でしたけど、なるべく寝られるようには努めました。それなりの体調でマウンドに行くことができました」と静かに語った。
若手ならともかく、31歳の身体には明らかに酷なスケジュールだった。加えて第4戦は、暑かった。どう対策したのかと聞かれると、「脱水症状気味ではあったので、睡眠時間もあまり取れないというか、短いなかでまた、攣るんじゃないかなと不安はありましたけど、幸いにも最後までそういうことはなかったので、よかったんじゃないかなと思います」と淡々と答えた。どんな極限の状況でも、言い訳をせず、感情を抑え、ただ試合のことだけを語る。
このワールドシリーズで、大谷は、野球というスポーツにおける"人間の限界とは何か"を静かに問いかけていた。2025年、打者としては、あのイチローの最多打席数(2001年の781打席)を超え、63本塁打、21盗塁、159得点をマークした。投手としても1086球を投げ、100マイル(160キロ)の剛速球を交えながら90個の三振を奪った。
そしてワールドシリーズでは、トロントとロサンゼルスという4000キロの距離を行き来しながら、18イニングを戦い抜いた。脚の痙攣に苦しみ、中3日で登板し、なおOPS(出塁率+超打率)1.278は両軍トップ。野球の長い歴史を振り返っても、今年の大谷ほど自らの肉体を酷使した選手はいないのではないか。それでも、大谷は優勝決定後の取材にいつもどおり、冷静に答えた。
「本当にとんでもないゲームというか、そういう試合で先発できたことが光栄なことですし、結果としては悔しい思いはしたんですけど、最後まで全員であきらめずにすばらしい試合だったと思います」
疲労について問われても、彼の言葉にはいっさいの弱音がない。
「最後は、悔しい形で打たれてしまいましたけど、少しでも長く後ろにつながるようにという思いで、マウンドに立っていました。点を取られた後も、なんとか打線のひとりとして一生懸命プレーしようと思っていました」
彼にとって"限界"とは、挑むための基準でしかないのだ。
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著者プロフィール
奥田秀樹 (おくだ・ひでき)
1963年、三重県生まれ。関西学院大卒業後、雑誌編集者を経て、フォトジャーナリストとして1990年渡米。NFL、NBA、MLBなどアメリカのスポーツ現場の取材を続け、MLBの取材歴は26年目。幅広い現地野球関係者との人脈を活かした取材網を誇り活動を続けている。全米野球記者協会のメンバーとして20年目、同ロサンゼルス支部での長年の働きを評価され、歴史あるボブ・ハンター賞を受賞している。

