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【高校野球】父はPL学園と死闘を演じた伝説のエース 市岡の背番号1を継いだ息子と父の物語 (4ページ目)

  • 清水岳志●文 text by Takeshi Shimizu

【父子対決は実現するのか】

 いよいよ、市岡の夏が始まる。智文はゴールデンウイーク明けから練習試合で少しずつイニングを増やしていった。

 智文は、父も背負った市岡の伝統をどう感じ、どうつないでいくのか。

「日々の練習にはOBの方々が来てくださいます。本当にありがたいことです。三本線の帽子も昔から変わらない。皆勤校という伝統が受け継がれ、その歴史のうえに今の僕たちがいるんだと強く感じます。

 市岡の野球は、昔から全力疾走、全力発声を実践してきました。そして、もうひとつは考える野球です。選手同士がお互いに意見を交わしながら成長していく。それが市岡の野球だと思っています」

 雅文さんも「あの頃の自分たちにはプライドがあった」と振り返る。

「能力だけで言えば、それほど高かったわけではないと思うんです。でも、野球に向き合う姿勢は貪欲でした。河合先生は技術的な指導をあまりされませんでしたが、その分、自分たちで公園に集まって、遅くまで自主練習をしていました。

 皆勤校として周囲から見られているという意識もありましたし、市岡へ行って本当によかったと思っています。息子も、市岡を選んでよかったと思っているはずです。今、自分が歩んでいる道がベストだと思いますし、自分で行きたい学校を選んだことは間違いではなかったと思います」

 父と子は今年3月、練習試合で対戦したという。そして、この夏の大阪大会では、真剣勝負の舞台で相まみえる可能性もある。

 じつは雅文さんも現役時代、父が監督を務めていた高校と対戦した経験がある。その際、市岡の河合監督は雅文さんを先発させなかったという。そんな経験があるからこそ、雅文さんは、「複雑ですよね」と苦笑いを浮かべる。

「勝っても負けても、嫌ですね。智文はカーブが独特で打ちにくい。うち(浪速)の選手が、手を焼きそうで(笑)」

 はたして父子鷹の夏は、どんな結末を迎えるのか。

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