村上宗隆、清宮幸太郎と並び称された高校時代 安田尚憲は3年夏の大阪大会で驚異のOPS2.075を叩き出した (3ページ目)
そして3年夏の大阪大会の記録がすごい。準決勝で大阪桐蔭に敗れ、甲子園出場はならなかったものの、19打数12安打3本塁打13打点、出塁率.759、長打率1.316。そして、「1」なら一流とされるOPSはなんと、2.075というから驚異的だ。天性のスラッガー。いつしか「東の清宮、西の安田」と称されるようになった。
雑談をしていると、日本史が好きだと聞いた。
「父が日本史の教師なので、家に歴史小説が多く、司馬遼太郎などはよく読みました。幕末と戦国時代がとくにおもしろいですよね。小学生には難しいので、わかろうと勉強していくうちに、どんどんおもしろくなったんです。先日の日本史の試験は、97点でした」
現時点では清宮、そして村上とは大きな差がついた。だが、安田が好きな戦国時代になぞらえれば──三英傑のうち最後に天下を取ったのは、ずっと信長、秀吉の後塵を拝していた家康である。
著者プロフィール
楊 順行 (よう・のぶゆき)
1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に"初出場"した甲子園取材は66回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて57季連続"出場"中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)ほか
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