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村上宗隆、清宮幸太郎と並び称された高校時代 安田尚憲は3年夏の大阪大会で驚異のOPS2.075を叩き出した (2ページ目)

  • 楊順行●文 text by Yo Nobuyuki

「兄はPL学園時代、1学年下のマエケン(前田健太)さんの球を受けていて、知り合いなんですね。そのマエケンさんが、テレビ番組の企画で清宮と対戦したのを見ました(2013年、清宮は当時広島に在籍していた前田健太と対戦し、右中間フェンス手前まで転がるゴロを打っている)。こちらが練習で汗まみれになっていた高校1年の夏には、同じ学年の清宮は甲子園で大活躍でしょう。そういう相手と神宮の決勝で対戦できたのは、すごくいい機会でした。

 ただ試合には勝ちましたが、向こうが上だと感じましたね。実際の打席を見ていると、清宮はタイミングの取り方や待ち方が自分の間合いなんです。どんな球に対しても突っ込まず、開かない。だけど自分も、飛距離では負けない気持ちでやっていきます」

【3年春の選抜で準優勝】

 東京北砂リーグで世界一になるなど、小、中学生時代から名前の売れていた清宮に対して、安田はさほど目立たなかった。中学時代にプレーしたのは、元阪神の赤星憲広氏がオーナーを務めるレッドスターベースボールクラブ。どこの連盟にも属さないチームのため、公式大会への出場機会が限られたのも一因かもしれない。安田は言う。

「小学校時代からお世話になっていた岩田(徹/元阪神)さんが、当時レッドスターの監督をされていたんです。大きな大会に出られないというのは少し迷いましたが、まずは基礎をしっかりやるべきだと思い、お世話になりました。今では正解だったと思っています。小学校高学年までやっていた水泳や、陸上の長距離も、全身運動として体の基礎を鍛えてくれました。水泳を続けていたら2020年東京五輪も? いや、それほど大したものではなかったです(笑)」

 高校進学に際しては、当初兄が在籍していたPLを考えていたが、休部が取り沙汰された時期にあたり、履正社へ。すると1年の秋から5番・サードに定着し、2年夏には4番として大阪大会で25打数13安打2本塁打15打点と、甲子園出場に大きく貢献した。

 3年春の選抜では、甲子園初本塁打も記録して17打数7安打し、チームは準優勝を飾っている。

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