「死ぬまでにプロ野球の球団を持ちたい」 甲子園のスタンドにいた大阪桐蔭「藤浪世代」大野元熙の終わらない挑戦 (4ページ目)
口調は一気に熱を帯びた。
「年商1億から3億の規模なら、今のやり方でもいけると思うんです。でも、10億、100億と展開していくには、どうすればいいのか。インフルエンサーを軸に、もっともっとダイナミックに広げていきたいんです」
話題が一気にスケールアップすると、話は人生の目標や夢といったテーマへと、さらに広がっていった。
「一番は、プロ野球の球団を持ちたいんです。零細企業をやっているヤツが何を言っているんだ、と思われるかもしれません。でも、年商1億の会社が、数年で10億、50億、100億と成長することは、実際にあります。僕の知っているところでも、数年前までは今の僕たちと同じくらいの規模だったのに、一気に10億、30億、100億へと伸びた例がある。
高校野球では、2年半という限られた時間のなかでレギュラーにもなれず、ベンチにも入れなかった。でも今は、ここから20年、30年をかけての勝負です。死ぬまでに、球団を持ちたいんです」
なぜ、球団なのか。その問いに、究極の本音がこぼれてきた。
「オーナーになって、大阪桐蔭レベルの選手をドラフトで指名し、自分の会社が持つチームで働いてもらう。それが究極の目標なんです。僕は同級生に負けて、最後の夏はバッティングピッチャーでしたけど、いつか自分の会社が球団を持ち、一流の選手を指名して、今度は自分が使う立場になりたい」
メンバー漏れを告げられた、あの日。いつかこのメンバーを逆転する──そう心に誓った思いは、ここからどんな展開を見せるのか。
【人生のレギュラーになれ】
たっぷりと語ってもらった最後、話題は再び"原点"へと戻った。
「高校の頃の話をしていたら、桐蔭のグラウンドにも行きたくなってきますね」
後輩たちの戦いは常に気にかけているものの、グラウンドにはしばらく顔を出せていないという。西谷と最後に会ったのも、東京で退職代行の仕事をしていた頃。ちょうど、2018年の甲子園で春夏連覇を達成する根尾昂(中日)や藤原恭大(ロッテ)らのチームが、その前年秋に神宮大会に出場した時だ。
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