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「死ぬまでにプロ野球の球団を持ちたい」 甲子園のスタンドにいた大阪桐蔭「藤浪世代」大野元熙の終わらない挑戦 (3ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro

「以前は、その都度フリーの方に依頼していたんですけど、前回からはパートナー契約を強めたのがひとつの変化です。単発の関係だと、こちらが『めちゃくちゃいい商品だ』と思っていても、インフルエンサーや(動画制作などを行なう)クリエイターの方に、思いが十分に伝わらないことがありました。だから、もっと関係性を深めて思いを共有し、よりいいものをお客さんに届けたい。今は、そういう形で取り組んでいます」

 ライバル業者がひしめき、差別化が求められるなかで、所属や業務提携しているクリエイター、インフルエンサーの価値を、さらに高めていきたいとも語る。

「もっとその人たちのバリュー、つまり価値を高めて、ファン化も強めていきたい。いわゆるアイドルと同じで、インフルエンサーにも"ファン的な存在"がたくさんついています。そうなれば、キムタク(木村拓哉)が着た服が売れるのと同じ原理ですよね。そうした点もしっかり把握したうえで、それぞれの得意・不得意を理解し、案件に合った人を起用していきたいと思っています」

【プロ野球の球団を持ちたい】

 話を聞きながら、目の前で語る人物が、かつて甲子園を目指し、泥にまみれていた大阪桐蔭の元球児であることを、思わず忘れそうになる。しかしその一方で、極上の負けん気と上昇志向、そしてハングリー精神は、確かに大阪桐蔭で培われたものだと思った。

 そんなニュアンスを伝えると、大野は軽く首をひねった。

「大阪桐蔭の野球部で3年間やりきったという自負はあります。でも、勉強して頭で上がってきた連中も、めちゃくちゃ仕事します。よく『社会に出たら野球部出身者はメンタルが強い』なんて言われますけど、僕が知っている社長たちのなかには、僕以上にハードにやっている人はたくさんいます。

 社会に出てしまえば、それまでの経歴は関係ない。大事なのは、仕事にどこまで熱狂できるか。社長のパッション、その熱量次第で、会社の大きさも変わると思っています。そのためにも自分と同じ熱量を持った人と一緒に働きたい。そういう人が来てくれたらうれしいです」

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