誰も予想できなかった山田哲人の変貌と球史に残る大打者誕生の瞬間「プロに行けるなんて思わなかった」 (3ページ目)
甲子園でも2試合で6打数4安打(2四球)と活躍。初戦の天理戦ではホームスチールを決め、聖光学院戦では歳内宏明(元阪神ほか)から左中間に会心の一発を放つなど、走攻守でアピールし、誰が見ても堂々のドラフト上位候補となった。
「去年まではチャンスに弱かったんで、そこそこ打っても目立たなかった。でも今年は、けっこういいところで打てるようになって、そこが一番の成長だと思っています」
ドラフトを目前に控えた取材で、山田はこの1年の変化についてこう語った。ひと冬を越えた間に何があったのかと聞くと、いかにも山田らしい答えが返ってきた。
「去年の秋にドラフト中継をテレビで見ていて、ほんと突然なんですけど『来年はここで名前を呼ばれたい』と強烈に思ったんです。それまでは『プロは行けたらいいな』ぐらいで、無理やろうなと考えていたのに、テレビを見た時に『来年は絶対に自分が......』と思ったんです。あそこで気持ちが変わりました。
それから練習に対する意識が変わって、それまではすぐに妥協していたのに、もうちょっと頑張ってみようとなったり、自主練習でバットを振り込んだり、今まで以上にトレーニングをするようになったり......。そういう積み重ねが結果として表われるようになったと思います」
この話を聞きながら、気持ちだけでここまで変われるものか......と思うほど、山田のプレーは格別に変わった。単純に結果ではなく、プレーから伝わってくる自信やグラウンドでの立ち居振る舞いなど、少しオーバーに言えば"別人"になったような感じがあった。
アマチュア選手を取材するようになり20年以上経つが、いい意味で、最も予想を裏切られた選手のひとりである。
著者プロフィール
谷上史朗 (たにがみ・しろう)
1969年生まれ、大阪府出身。高校時代を長崎で過ごした元球児。イベント会社勤務を経て30歳でライターに。『野球太郎』『ホームラン』(以上、廣済堂出版)などに寄稿。著書に『マー君と7つの白球物語』(ぱる出版)、『一徹 智辯和歌山 高嶋仁甲子園最多勝監督の葛藤と決断』(インプレス)。共著に『異能の球人』(日刊スポーツ出版社)ほか多数。
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