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無名の浪人投手・岩瀬禮恩 ナックルボールを武器に砂漠の摩天楼ドバイで夢をかける異端の挑戦 (3ページ目)

  • 阿佐智●文 text by Asa Satoshi

 とはいえ、本人は日本育ちで、高校まで日本で過ごしたあとにアメリカへ渡ったという。父親が商売をしているというので、国際ビジネスや語学を学ぶためかと思ったが、そうではなく、「あくまで野球のプレーのため」だそうだ。高校では甲子園を目指してプレーしており、目標はあくまでプロ。そのためにアメリカのカレッジ(短大)に進学したという。

 正直、日本で日の目を見なかった独立リーガーからよく聞く話だ。まだ見ぬ世界にチャンスが転がっていると信じて飛び出すのは、若者の特権でもある。彼もまたそのひとりなのだろうと、その時は思った。

【杉谷拳士も絶賛したナックルボール】

 いよいよピッチングが始まった。いつの間にか、私の後ろに高橋も陣取っている。その投手は、マウンドからややぎこちないフォームでボールを投じた。手を離れた球は、草野球でちょうど打ち頃というスピードでキャッチャーのミットに収まった。

 ネットの後ろから見ている分には、確かにまとまっている。しかしこの球速では、猛者が集まる草野球の上級レベルでも、簡単に打たれてしまうだろう。それに、ほかの多くの投手がそうであるように、実際のトライアウト本番のマウンドでは、大舞台を踏んだことのない彼らは、未知の緊張でコントロールを乱し、球速も落とすのが常だ。

「このピッチャーを見ていけ」とは、プロデューサーも帰りがけの人間に悪い冗談を言うな、と思った。だが次の瞬間、キャッチャーが「おおっ!」と驚きの声を上げた。

 プロデューサーの高橋がここで口を開いた。

「杉谷さんも絶賛していたんですよ」

 この企画には、日本ハムで人気者だった杉谷拳士が「ドリームサポーター」として参加している。前回のトライアウトで高橋の投球を見た杉谷が、その細腕から放たれる魔球に驚愕したという。

 ゆらゆらと揺れるというよりは回転せず、そのまま浮いたまま真っすぐ近づいてくるという感じだ。それが打者の手前で一度左にすべったかと思うと、今度は右側、つまり左打者の膝下に落ちてくる。

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