2020.11.17

甲子園記念大会の奇跡、白山高校の今。
まぐれじゃなかったと奮闘する日々

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kikuchi Takahiro

 古今東西、「下剋上」の物語は頂点に上り詰めた時点でエンディングを迎えることがほとんどだ。だが、下剋上を成し遂げた者であっても、一時の熱狂が醒めた後にはまたストーリーが続いていく。

 2年前の夏、「日本一の下剋上」を旗印に三重大会を奇跡的な試合で勝ち上がり、第100回全国高校野球選手権大会に出場したのが、三重県立白山高校だった。

 2007年から10年連続初戦敗退だった弱小校が、2017年夏に3回戦進出、そして翌夏に甲子園に出てしまう。しかも、白山は教育困難校という悪評もあり、甲子園出場時は「リアル・ルーキーズ」と称された。

 実際には「ヤンキー」と呼べるような部員はおらず、3年生のほとんどが第一志望校の受験に失敗して入学した自己肯定感の低い生徒たち。東拓司監督の言葉を借りれば「自分に自信のない子たちの集まり」である。

 2013年に同校に赴任した東監督が部員5人の野球部を荒れ果てたグラウンドから立て直し、少しずつ力をつけた結果、大輪の花を咲かせた。三重大会では菰野、海星、松阪商と強豪を相次いで破って、甲子園出場を決めてしまった。

 その後、白山に甲子園出場はないものの、今夏の三重県独自大会はベスト8、今秋の県大会はベスト4と県内で好成績を残している。それでも、東監督は苦笑しながらこう漏らす。

「甲子園に出てから、地元でのハードルが上がりすぎてしまって。三重のベスト8やベスト4では『なにやらかしとんの?』という雰囲気になってしまうんです」

 部員は増えたものの、中学時代に実績のある選手は相変わらず他の強豪校に流れてしまう。最寄り駅の列車が2時間に1本しか来ない、山あいの辺境の地ゆえに生徒が集まりにくいのだ。

 それでも、東監督は自分自身に言い聞かせるかのように、こう語るのだった。

「やっぱり、もう1回甲子園に出て、まぐれやなかったと証明せなアカン」

 前述のとおり今年の新チームは三重ベスト4に進出しており、甲子園が狙える学年である。そんな白山が今年の晩秋、初めて関東遠征に出た。相手は名門・横浜高校。昨秋に静岡の湖西ベースボールフェスタにともに招待され、対戦した縁から練習試合をすることになったのだ。