「私、まだ、23歳じゃん」元競泳日本代表・今井月が2度目のオリンピックに届かず競技人生に区切りをつけた理由 (3ページ目)
【パリ五輪への挑戦と、引退という決断】
──2022年には6年ぶりに2ブレで自己ベストを更新して2023年の福岡世界水泳には2ブレで代表に入りました。パリ五輪には届きませんでしたが、伸びしろはありましたよね。オリンピック選考会が終わった時の心境、引退を決断した理由を教えてください。
今井 いろんな思いがありましたが、やりきった、もうこれ以上きついことはできないと強く感じていました。同時に、別の世界に行くとしたら、絶好のタイミングだと思っていました。
もちろんオリンピックの選考に落ちた直後の1週間はどん底で、朝も夜も涙が止まりませんでした。オリンピックに行けない現実が受け入れられなくて。でも、時間が経つと本当にやることがなくなり、自分自身と対話する時間が増えると、「これは落ちてよかったのかもしれない」と思えるようになりました。現役をやめたあとのことを考えたら、この機会はめちゃくちゃいいチャンスだなと。私、まだ23歳じゃん、23歳なら何でもできると思って、就活しようと思い、いろいろ調べ始めました。
もし私がパリ五輪に行くことができていたら、仮にメダルが取れなくても、ロス五輪まで続けていたと思うんですよ。でも東京五輪のあとに新しい環境で、すべてを信じてきつい練習をやりきったのにパリ五輪に行けなかった。そんな自分がロス五輪に行けるのか? と自問し、きっぱり決断することができました。
後編につづく:「人生は掛け算」が後輩に伝えたいセカンドキャリアの心得
●Profile
いまい・るな/2000年8月15日生まれ、岐阜県岐阜市出身。3歳の誕生日から水泳を始める。2012年の小6時に50m、100m、200m平泳ぎ、400m個人メドレーで学童新記録を樹立すると、岐阜西中に入学したばかりの2013年4月に初出場となった日本選手権の200m平泳ぎで3位入賞。一躍注目を集める。その後、順調に成長を続け、2016年に200m個人メドレーでリオデジャネイロ五輪(準決勝進出)、2017年も同種目でブダペスト世界選手権で5位入賞を果たす。その後は東洋大時代も含め長らくオリンピック、世界水泳の日本代表から遠ざかるが、2023年4月の日本選手権200m平泳ぎで自己ベストを更新して優勝を果たし、6年ぶりに世界水泳(福岡)代表となった(本大会は準決勝進出)。同年秋のアジア競技大会では200m平泳ぎで銅メダル獲得した。2024年3月のパリ五輪選考会を最後に引退。2025年4月にTBSテレビに入社し、現在は報道番組『Nスタ』のチーフアシスタントディレクターとして業務に従事している。
著者プロフィール
牧野 豊 (まきの・ゆたか)
1970年、東京・神田生まれ。上智大卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。複数の専門誌に携わった後、「Jr.バスケットボール・マガジン」「スイミング・マガジン」「陸上競技マガジン」等5誌の編集長を歴任。NFLスーパーボウル、NBAファイナル、アジア大会、各競技の世界選手権のほか、2012年ロンドン、21年東京と夏季五輪2大会を現地取材。22年9月に退社し、現在はフリーランスのスポーツ専門編集者&ライターとして活動中。
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