「私、まだ、23歳じゃん」元競泳日本代表・今井月が2度目のオリンピックに届かず競技人生に区切りをつけた理由 (2ページ目)
【東京五輪落選が生んだ転機】
──出場すれば2度目のオリンピックとなる東京五輪の代表選考に落ちた時(2021年)、ちょうど大学3年生でした。周りの学生が就職活動を始めているなか、就活をしなかったのはなぜでしょうか。
今井 東京五輪の選考に落ちたあとは、競技をやめることも頭をよぎりましたが、その年のインカレで初めて負けたんです。これまで夏の国内主要大会で負けたことがなかったので、その時はさすがにこのままじゃ水泳を終われないという気持ちが強かったです。心底悔しかったし、自分はこんなもんじゃないとすごく思っていました。その頃に練習環境を大学からクラブチームの東京ドームに変えたのですが、その時は水泳で生きていく道を選んで、どこまでいけるのかを試してみたかったんです。
──そこはアスリートのスイッチが入った。
今井 もちろん就活をしなきゃという気持ちがなかったわけではないのですが、今しかできない水泳に集中しようという思いが上回りました。
──今井さんは2ブレ(200m平泳ぎ)でトップスイマーとして名を知られるようになった選手ですが、オリンピックも世界水泳も200m個人メドレーでの出場でした。そのあたりも関係していたのですか。
今井 それはありましたね。ずっと自分の種目と思っていた2ブレで世界大会の日本代表に入りたいという思いがありました。だから移籍する時にいろいろ変えました。寮を出て、ひとり暮らしを始めて、日常生活にまつわる身の回りのことをすべて自分でこなすようにしたり。それまでは身を置いている環境にまかせてしまっていたというか、自分自身をきちんと理解できていなかったと思います。
──ひとり暮らしを始めて、見えてきたものがあった。
今井 まずは自分が短期集中型の人間だということ。オンとオフをはっきりしないとダメになってしまう性格であることをはっきり自認しました。それまでは自分の考えよりも周囲に影響されていた部分があったのですが、誰に何を言われても自分を信じられるようになりました。引退のときも、ほとんどの人から「現役を続けたほうがいい」と言われるような感じでしたけど、自分の直感を信じて決断をしました。今のところ、自分が下した決断を後悔した日は、一度もないです。
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