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【箱根駅伝 名ランナー列伝】設楽啓太・設楽悠太(東洋大学)〜前編〜鉄紺の「最強ツインズ」は1年時に兄弟リレーを実現し2年時は総合Vに輝く (2ページ目)

  • 酒井政人●取材・文 text by Masato Sakai

【3年時は三大駅伝ですべて2位】

 設楽兄弟が3年生になった2012年度。関東インカレの1部10000mは啓太が2位、悠太が3位に入り、日本人ワンツーを飾る。出雲は1区の啓太が区間8位、4区の悠太が区間2位(区間タイ記録)でチームは2位。全日本大学駅伝は2区の啓太と4区の悠太がともに区間3位ながら、順位を上げていく。最終8区へ真っ先にタスキを渡すも、ルーキー服部勇馬が駒大・窪田忍に1分07秒差を逆転されて、初優勝を逃した。

 箱根駅伝は1区の田口雅也(当時2年)が首位発進すると、2区の啓太も強い向かい風のなかを区間3位と好走。日大のガンドゥ・ベンジャミンに1秒先着されたが、3区の悠太がすぐにトップを奪い返す。同学年の早大・大迫傑を8秒抑えて2年連続の区間賞を獲得した。

 東洋大は平塚中継所で2分41秒ものリードを奪うことに成功。4区終了時までに「2分以上のリードが欲しい」と考えていた酒井俊幸監督にとっては狙いどおりのレースだった。

 しかし、「山の神」が去った影響が大きかった。当時最長23.4kmだった5区で定方俊樹(当時3年)が区間10位と踏ん張るも、日体大・服部翔大に1分49秒差を逆転されただけでなく、2分39秒という大差をつけられたのだ。復路は日体大に追いつくことができず、東洋大は3大駅伝ですべて2位に終わった。

「3年連続の2区でしたが、例年とは違うコンディションになりました。最初から最後まで向かい風が強く、本当にきつかったんです。後半は失速してしまった部分があり、リードを縮められたのでまだまだかなと思います。柏原さんがいなくても優勝というのがテーマだったので、連覇できなかったことは悔しいです」(啓太)

「啓太が見えたときは、ダブルエースと言われたプレッシャーもあったんですけど、沿道の方々の応援を力に走ることができました。でも海岸線に出たときは、ぶっ倒れそうな風にビックリしましたね。自分は後続との差を広げることを考えて走りました。大迫に勝てて区間賞を獲得できたことは、今後につながると思っています」(悠太)

 ラストイヤーは兄・啓太が主将、弟・悠太が副将に就任。東洋大は他校が驚く戦略で再び、箱根駅伝で頂点に輝くことになる。

後編につづく

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