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【プロ野球】「つらいと思ったことは一度もない」 元オリックス・福田周平が語るケガも競争も成長に変えてきた8年間の軌跡

  • 佐々木亨●文 text by Sasaki Toru

元オリックス・福田周平インタビュー(後編)

 内野から外野へ。レギュラーから競争の渦へ。福田周平は、プロ野球という厳しい世界で、常に「変わること」を選び続けてきた。全力プレーの裏にあった思考、ケガをネガティブに捉えなかった理由、そして小柄な体でプロに挑み続けた意味。勝利の陰で、自分自身と向き合い続けた8年間を振り返る。

2022年9月30日のロッテ戦でサヨナラバントヒットを決めてソフトバンクの優勝を阻止し、ナインから祝福される福田周平氏(左から4人目) photo by Sankei Visual2022年9月30日のロッテ戦でサヨナラバントヒットを決めてソフトバンクの優勝を阻止し、ナインから祝福される福田周平氏(左から4人目) photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る

【つらさがあるからこそ成長できる】

── オリックスに入団して4年目の2021年に内野から外野に転向するなど、プロの世界でも常に「チャレンジする」姿勢を持って自身の立ち位置を確立していきました。そのプレースタイルで牽引役ともなった福田さんは、オリックスの強さの象徴にもなっていきました。

「チームが勝つことは、やっぱり最高ですよね。ただ、プロは試合に出ないと意味がないので、正直、チームの勝利よりも、まずは個人の思いのほうが強かった。僕自身、常にチーム優先で考えられるほど、余裕のある選手ではなかったので......。"自分"というものに集中(フォーカス)してやっていくなかでチームが強くなっていく。プロ野球というものは、その循環だと思いますし、僕自身はそう思ってずっとやっていましたね」

── プロ1年目の9月には一塁へのヘッドスライディングで左手親指を負傷して靭帯損傷。3年目には左手人差し指を剥離骨折するなど、ケガとの戦いもありました。それでも、常に全力プレーでベストパフォーマンスを追い求める野球スタイルは変わることがなかったと思いますが、正直、辛さや苦しさを感じていた時期はあったのでしょうか。

「つらいと感じたことはありませんでした。苦しさや厳しさがあるからこそ上達できると、ずっと思っていたからです。周りから見れば、つらい、あるいは苦しいと思われるような場面でも、僕自身にはネガティブな感情はありませんでした。一般的にはストレスをどう回避するか、という話になるのかもしれませんが、僕はストレスやつらさがあるからこそ成長できるという考えでした。しんどいから逃げたい、と思ったことは一度もなかったですね」

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著者プロフィール

  • 佐々木亨

    佐々木亨 (ささき・とおる)

    スポーツライター。1974年岩手県生まれ。雑誌編集者を経て独立。著書に『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』(扶桑社文庫)、『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボールマガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)などがある。

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