【プロ野球】「つらいと思ったことは一度もない」 元オリックス・福田周平が語るケガも競争も成長に変えてきた8年間の軌跡 (3ページ目)
【プロでの一番の思い出は?】
── とはいえ、記憶に残るプレーをいくつも見せてくれました。プロ8年間で印象深い試合は?
「パッと思い出すのは、サヨナラセーフティバントを決めた場面ですね」
── 入団5年目の2022年9月30日。京セラドームでのロッテ戦で、オリックスは福田さんのセーフティバントが決まってサヨナラ勝利を手にしました。優勝するためには勝利が絶対条件で、引き分けでも優勝を逃す大一番での気迫あふれるプレーは印象深かったですね。
「そうですね。でも、一番の思い出と言えば、やっぱりオリックスのユニフォームを袖に通した時ですね。1年目のシーズンを迎える前の2018年の春季キャンプで、初めてユニフォームを着て練習に向かう時は鳥肌が立ちました。いよいよ、始まったな、と。厳密に言えば、前々日ぐらいにキャンプ地の宿泊先に入っていたので、すでに用意されていたユニフォームを着ているんですが、実際にユニフォーム姿でグラウンドに向かった時は、今でも忘れられないですね」
── 思い出が詰まったプロ野球での歩みでしたが、振り返ってみて「やり残したこと」はありますか?
「そうですね......振り返れば「もっと全力でやれたかな」という思いはありますね。ただ、その思いもまた今後に生きてくると思っています。生きていくなかで、常に「全力でやること」が、僕には大事だと思っています」
── 今後はどのような人生を歩んでいくのでしょうか?
「なるようになるんじゃないですかね(笑)。未知の世界に、どんどんと挑戦していきたいと思っています」
福田周平(ふくだ・しゅうへい)/1992年8月8日生まれ。大阪府出身。広島・広陵高から明治大、NTT東日本を経て、2017年のドラフトでオリックスから3位指名され入団。1年目のシーズン途中からレギュラーに定着し、113試合に出場。21年は内野から外野に転向するもセンターのポジションを奪取。チーム25年ぶりのリーグ優勝に貢献。翌年はゴールデングラブ賞を獲得するなど、リーグ連覇、日本一の立役者となった。だが23年、チームは3連覇を果たすも、ケガもあり出場数を減らす。25年は23試合に出場にとどまり、シーズン終了後に戦力外通告を受ける。現役続行を希望したがオファーはなく、12月29日に自身のインスタグラムで現役引退を発表した
著者プロフィール
佐々木亨 (ささき・とおる)
スポーツライター。1974年岩手県生まれ。雑誌編集者を経て独立。著書に『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』(扶桑社文庫)、『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボールマガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)などがある。
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