検索

【東京世界陸上】男子マラソン「努力の天才」吉田祐也、苦しい時期を何度も乗り越え、いざアフリカ勢に挑む (2ページ目)

  • 佐藤俊●取材・文 text by Sato Shun

【自身を変えた大迫傑との出会い】

 実業団1年目の2020年はそうした練習がうまくハマり、5000m10000mで自己ベストを更新し、さらに12月の福岡国際マラソンでは2時間0705秒の好タイムで優勝した。そして、その夜、マラソン初優勝以上に大きな収穫があった。

「レースのあと、共通の友人と一緒に大迫(傑)さん(現・東京陸協)と食事に行ったんです。大迫さんとの出会いは、僕のなかで新たな世界が広がるきっかけになりました」

 吉田は大迫にお願いをして、一緒に練習をさせてもらった。そこで痛感したのは、それなりに自負のあった自分の練習量と比べても、大迫の練習は量も質もケタ違いということだった。一緒に走るたびに「全然、歯が立たない」とショックを受けた。

「大迫さんは、スマートに練習をこなしているような印象を受けるかもしれないんですけど、世界で一番ぐらいに泥臭いことをやっているし、練習量もとんでもない。大迫さんと比較して見てみると僕は全然、量が足りない。それなのに(福岡国際で)優勝して、満足している自分自身のメンタリティもダメ。これじゃ、絶対に世界なんか無理だなと率直に思いました」

 さらに衝撃を受けたのが、2021年東京五輪のマラソンだった。世界記録保持者(当時)のエリウド・キプチョゲ(ケニア)が圧倒的な速さでオリンピック2連覇を達成。大迫はメダル獲得も期待されるなか、6位入賞を果たした。この時、吉田はこう語っている。

「大迫さんで6番なのかと思ってしまいました。あれだけ練習をやっているのに、世界のトップの壁が厚すぎるなと。ただ、逆にポジティブに考えれば、あれだけやっていればちゃんと6番に入れるよということを大迫さんが証明してくれた。どの舞台になるかはわからないですけど、自分もやっている取り組み(の成果)を見せることができたらいいかなと思います」

 それから4年、吉田は満を持して、その成果を披露する場に立つ。一昨年のパリ五輪・マラソン代表選考レースであるMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)では、50位(2時間1947秒)と惨敗するなど苦しんだ時期もあった。だが、その後、「競技人生で一番成長できていた」と語る青学大に練習拠点を移し、再スタートを切った。

 昨年12月の福岡国際マラソンでは、日本歴代3位となる2時間0516秒の好タイムで優勝し、東京世界陸上の代表の座をつかんだ。そのプロセスは、大学4年時に初めて箱根駅伝に出た時と似ていて、好走を予感させる。大会前の調整も順調にきていることが伝わっており、おそらく万全の状態でスタートラインに立つだろう。

「世界陸上での目標は、大迫さんの6位(東京五輪)を超えることです」

 東京五輪の大迫の順位を超えることは、一緒に練習をこなし、意識改革など影響を受けた大迫への恩返しにもなる。東京の舞台に出てくる世界のエリートたちを相手に、果たして、「努力の天才」吉田が勝つチャンスはあるだろうか。

 今回の世界陸上のマラソンは、日本人選手の地の利が大きい。勝手を知るコースに加え、蒸し暑いコンディションも有利に働くはず。また、沿道からの声援のシャワーも吉田の背中を押すだろう。35kmまで先頭集団に食らいつき、粘って勝負できる状況まで持ち込めれば、入賞、そしてメダルも見えてくる。

 センスと能力の塊のようなアフリカ勢が勝利するのは、スポーツの世界では当然なのかもしれないが、それじゃ面白くない。努力が武器になることを、世界の舞台で証明してほしい。

著者プロフィール

  • 佐藤俊

    佐藤俊 (さとう・しゅん)

    1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て1993年にフリーランスに転向。現在は陸上(駅伝)、サッカー、卓球などさまざまなスポーツや、伝統芸能など幅広い分野を取材し、雑誌、WEB、新聞などに寄稿している。「宮本恒靖 学ぶ人」(文藝春秋)、「箱根0区を駆ける者たち」(幻冬舎)、「箱根奪取」(集英社)、「箱根5区」(徳間書店)など著書多数。近著に「箱根2区」(徳間書店)。

2 / 2

キーワード

このページのトップに戻る