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競歩銅メダル・谷井孝行が語る「リオ五輪への4年計画は順調」 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • 築田純●写真 photo by Tsukita Jun

 元々感覚に頼っていた歩型が、03年から判定が厳格化されたことでズレが生じ、大学卒業時には右大腿部の骨膜炎になり、そこから大きく崩れた。コーチなどにアドバイスをされても、それを自分の体で表現することがなかなか出来ず、いろいろ考えてさらに崩れてしまう状況が続いた。

「その頃は本当に苦しかったし、世界大会で失格をしてからは代表に選ばれることが怖かった時期もあった」と言う。

「自分の力が出し切れない状態でしたね。自分の力を出してだめだったら諦めもつきそうだけど、そうじゃないからもっとやれるかもと自分に期待もありました。でも北京五輪の20kmに続いて09年世界陸上の50kmで失格してからは、自分の中でいろいろ整理しようと考えて。技術もコーチから言われたままに直すのではなく、『自分はこういう癖があるから疲れた時にはここを注意しなければいけない』など、自分で考えるようになって、そこから本当に徐々に良くなってきた感じです」

 10年からは種目を50kmに絞り、20kmもそのためのレースと考えるようになったという谷井が、さらに充実したのは昨年の4月自衛隊体育学校へ移籍してからだ。セカンドキャリアや家族のこと、そして練習環境を考えてのものだった。

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