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髙木美帆が輝いた裏にあったスピードスケートと向き合い続ける難しさ「心のなかで悲鳴を上げている部分もありました」

  • 折山淑美●取材・文 text by Toshimi Oriyama

photo by MATSUO.K/AFLO SPORTphoto by MATSUO.K/AFLO SPORT前編はこちら>>

【二人三脚で強くなった】

 引退まで髙木美帆(TOKIOインカラミ)の成長を支え、ともに戦ったオランダ人のヨハン・デ・ヴィットヘッドコーチ。引退についても、「まだできる」という思いがあったからか、全面的に賛成ではなさそうだと、引退会見で髙木は明かしていた。

 そのヨハンヘッドコーチが日本代表のナショナルオールラウンドチームのヘッドコーチに就任したのは2015-2016年シーズン。髙木は徐々に結果を残し始め、2016-2017年シーズンからは世界のトップと戦えるまでに成長。W杯第3戦の1000mと1500mで初勝利と、W杯種目別総合1000m2位、1500m3位。さらには世界オールラウンド選手権で銅メダルを獲得した。

 翌2017-2018年シーズンは、平昌五輪のパシュートで金メダルと1500mで銀メダル、1000mで銅メダルを獲得。そしてW杯では日本人初の全種目総合優勝を果たしてついに開花した。

「ヨハンがヘッドコーチに就いた時、最初に教わったのはマインドセットで、"プロの意識"を持つようにということでした。その意識の持ち方が自分にはすごくフィットしていて、どの決断をするにあたっても『プロのスケーターだったらどういう行動をするんだろう』というのを第一に考えて、意思決定をすることが増えていきました。

 当時は、スケートのプロ選手を見たことはなかったけど、ヨハンから教わったことや自分で想像するプロがどういうものか考え、そのプロ意識を持ち続けるというのが自分のなかで大きなマインドとしてできあがっていきました。スピードスケートに対して常に向き合い続けるというところや、すべての自分の時間を可能な限りスケートに費やすというのは、特に2018年の平昌五輪までの3年間は徹底して取り組んでいました。

 そういう時間があったから、私は平昌であそこまで上り詰めることができたと今は思っています(チームパシュート金、1500m銀、1000m銅)。そして、さらにこの3年間を超えるような時間を、そのあとの北京五輪まで過ごしていかないといけないと考えて過ごしたところもあります。

 ただ、『それ以上』を求めるとなると、心のなかで悲鳴を上げている部分もありました。北京五輪のあとは1500mに対してやり残したことがあるという思いにも気がついて、最後の4年間は葛藤もありました」

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