【ミラノオリンピック】4度目の五輪を戦い抜いた髙木美帆が最後に感じたこと「自分の挑戦は終わったんだな」 (3ページ目)
【一番好きな1500mで涙】
そのチームパシュートから2日後の1500mは、前日まで五輪新記録が毎試合のように出ていた状況とは違い、少し暖かくなったこの日は、全体的にあまりタイムが伸びていなかった。長距離を得意とする選手が上位を占めるなか、髙木がスタートする時点で暫定1位のタイムが1分54秒09。4年前の北京五輪で2位だった髙木のタイムが1分53秒72だったことを考えると、メダルは確実だと思われた。
そのなかでの戦い方については、こう考えていた。
「長距離勢が1500mで強くなってきているなかで、私ができることは攻めることだと思っていました。(4位だった)去年の世界距離別選手権は、それしかないと思って最初から飛ばした部分があったのですが、今回それとは違って純粋に攻めていきたいという気持ちで挑みました」
同じ"攻める"でも思考が変わっていた。
「絶好調で1500mを勝っている時は、その日の氷の状態を見て『こういう調整をしよう』と展開を考えたりしていましたが、今はそういう計算をする余裕が自分の実力としてありませんでした。それに大事な時に抑えてしまい、スピードに乗らないまま失速したことも多々あったので、自分がやりたいスケーティングをやるという思いで、スタートに立ちました。絶好調というような状態ではなかったですが、スタートラインに立った時は迷いもなく構えられ、不安なくスタートを切れました」
結果は冒頭のとおり、最終ラップでタイムを落として6位だった。それでも高木は、「300mから700mにかけては、今シーズンで一番よかった感覚がありました。ミスではなく、実力不足だったんだなと納得しました」と言う。
今の自分ができるレースに挑戦できたことの満足感はあったものの、レース直後から溢れた出した涙については、こう説明した。
「単純に悔しいとか申し訳ないという言葉だけでは表現できないような気持ちでした」
ただ、もっとも好きな種目である1500mで五輪を終えられたことについて、穏やかな表情でこう話す。
「五輪を戦っていく上で1500mが最終日にあったからこそ、スタートラインに立つ時に自分ができることはすべてやってきたと思えたし、ヨハンとそういう話をできたことも、よかったと思います。結果としては、悔しい気持ちも残る結果で締めくくることになりましたが、これから時間が経てば最後を1500mで終えてよかったと思えるかもしれないですね」
今後の進退に関してはシーズン終了後の自分の気持ちに従うと話し、まずは、このあとに続くスピードスケートの聖地・オランダのヘレンベーンで3月7日から開催される、世界オールラウンド選手権に臨む。
著者プロフィール
折山淑美 (おりやま・としみ)
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。
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