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【ミラノオリンピック】4度目の五輪を戦い抜いた髙木美帆が最後に感じたこと「自分の挑戦は終わったんだな」

  • 折山淑美●取材・文 text by Toshimi Oriyama

「今、感じているのは『自分の挑戦は終わったんだな』ということです」

 スピードスケート・髙木美帆(TOKIOインカラミ)は、4大会目となるミラノ・コルティナ五輪で、最終種目となった1500mを6位で終えた。

スピードスケートの日本チームを実力で牽引した髙木美帆 photo by Asami Enomoto/JMPAスピードスケートの日本チームを実力で牽引した髙木美帆 photo by Asami Enomoto/JMPA 今大会は、出場した500m、1000m、チームパシュートで3つの銅メダルを獲得し、最後の1500mでもメダル獲得が期待されていた。しかし、1100m通過は暫定1位のラップタイムを0秒46上回っていたものの、ラスト1周が伸びず、トップまで0秒77足りない1分54秒86でゴール。金メダルを目指していただけに悔しい結果となった。

 平昌五輪と北京五輪でも、金メダルには届かず銀メダルに終わっていたこの1500mは、中距離と短距離の狭間にあり、それぞれの選手によってペース設定も違い、絶妙なレース展開が必要になってくる距離。だからこそ、髙木はこの種目が一番好きだといい、昨年の全日本選手権でも「ここまでスケートを続けるモチベーションを保てたのは1500mを滑っているから」とも話していた。

 近年は、W杯などで1000mとともに結果を出しながらも、ラスト1周のラップタイムが思ったよりも伸びないことが多くなり、満足のいく滑りは出来ていなかった。北京五輪後にはナショナルチームを離れ、ヨハン・デヴィットコーチと二人三脚で挑み始め、2023年からはチーム・ゴールドを創設して新たな戦いをするなかで、その最後の落ち込み解消のために新たなブレードを試すなど試行錯誤をしていた。

「北京が終わった直後から『だんだん後半が粘れなくなってきているな』というのは感じていました。それがどうしてなのか、答えが最終的に見つからないまま、今ここ(ミラノ)にいる感じになりました。その理由をずっと知りたくて、あがき続けてきた部分もあったけど、今は、もしかしたら見ている視点や自分の考え方がどこか違ったのかもしれないというところまで行き着いています。ただ、夏場のトレーニングでもすごく劣っているという数値が出ているわけではないので、身体というより何かきっとほかにあるのではないかなと感じています」

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著者プロフィール

  • 折山淑美

    折山淑美 (おりやま・としみ)

    スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。

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