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【ミラノオリンピック】アルバイト生活も経験した二階堂蓮 成長の要因は「思考のレベルアップ」 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Toshimi Oriyama

【初五輪で3つのメダルを獲得】

 最初のノーマルヒル個人は、1本目を飛んで6位。2本目はヒルサイズに迫る106.5mを飛んで3位に順位を上げ、銅メダルを獲得した。

 そして、エースが飛ぶ4番手を任された混合団体では、ひとり前に跳ぶ高梨沙羅(クラレ)が緊張しているのを見て「沙羅さんは楽しく飛んでください。僕がその分やってやりますから」と声を掛ける気遣いを見せ、初五輪とは思えない度胸の強さも感じさせた。

 1本目はグループ1位の103mを飛び、日本の順位を3位から2位に上げた。2本目も101mを飛んで3位を堅持。銅メダル獲得の立役者となった。

 ラージヒル個人は1本目1位から2本目は2位に落としたものの、きっちり銀メダルを獲得。

 そして、小林と組んだ最後のラージヒルスーパー団体は、強い追い風と雪が降るなかで1本目はグループ3位。2本目で4位と少し伸び悩み、合計も2本目終了時は6位と少しもたついた。それでも逆転を信じ、最後の3本目はさらに雪が強くなった状況ながら、138.5mの大ジャンプで、チーム順位を2位に上げた。

 残念ながら、試合は3回目のジャンプを待っていた小林を含む3人を残した時点で降雪が激しくなり、そのままキャンセルになった。結果は2本目までの順位で終わり、日本は6位だった。

「長いシーズンを見ればありえる話。もちろん3本目をやって欲しかったという気持ちはありますが、これがスキージャンプだし、これが五輪だなと捉えています」(二階堂) 

 だが、幻となった二階堂の3本目の大ジャンプは、見ている人たちには強烈なインパクトを残した。

 初出場での3個のメダルは、1998年長野五輪の船木和喜以来の快挙。それは神様が褒めてくれた証かと問うと、「金が獲れていないので、『満足しないで、次は獲れよ』と神様は言っているのかもしれないです」と笑顔で答えた。

 五輪後もまだW杯が10戦残っている。五輪でも金メダルを2つ獲得しているドメン・プレブツ(スロベニア)はダントツの1位だが、2位の小林と3位の二階堂は68点差と接近している。

 その戦いに向けて二階堂が「陵侑さんを負かしてシーズンを終わりたい」と言えば、小林は「最後には得意なフライングヒルが4戦あるので、もし抜かれてもめげずに食らいついていこうかなと思います」と、すでにふたりとも次を見据えている。

 二階堂のメダル獲得で新たな展開に入ったライバル関係は、日本男子チームをさらに活性化させる原動力になるはずだ。

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