ボート競技から自転車競技に転向→約4年でパリ五輪出場の有力候補 太田海也は世界選手権で「心の底からメダルを獲りたい」 (4ページ目)
―― 世界でもこれだけ上位に入ってくると、パリオリンピック出場も現実味を帯びてきます。太田選手はもともとボート競技でU-19代表に選ばれて、オリンピックを目指していました。そのボートを19歳の時に辞めて、21歳の時に日本競輪選手養成所に入り、そして22歳で競輪選手になって、今月7月27日に24歳になります。わずか3~4年で自転車競技でのオリンピック出場が視野に入ってきましたが、ここまでの軌跡を振り返ってみてどう感じていますか。
好きなことをやらせてもらって、日本最高峰の環境で練習ができて、ご飯を食べさせてもらっているというのは、すごくありがたいことだなと思います。大会に行ったら、自転車を組み立ててくれるメカニックがいて、日々の練習で疲れたらマッサージャーがマッサージをしてくれて、苦手な事務仕事は事務員さんがしてくれている。本当に自転車だけに集中できる環境を作ってくれています。逆に言ったら、結果を出さないことのほうが失礼だと感じていますので、本当に一生懸命日々練習をしています。
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――パリオリンピックにかける思いは人一倍強いですか。
他の人のことはわかりませんが、自分はすごく求めています。そのためにやっていますから。これからの世界選手権でいい成績を残せたら、自分のなかの方程式では、パリオリンピックがだいぶ近づいてくるのではないかなと思っています。
―― 課題はどんなことですか。
本当にすべてなんですが、一番は技術です。技術を身につけるのは、レースでしかできない部分が多いんです。経験を言い訳にするわけにはいきませんが、自分はレースの経験がだいぶ少ないので、もっともっと実戦的なことをしていきたいなと思っています。
【Profile】
太田海也(おおた・かいや)
1999年7月27日生まれ、岡山県出身。高校時代はボート競技で活躍し、全国高等学校選抜 ボート大会シングルスカルで準優勝、高校総体ダブルスカルで優勝、国体クオドルプルで準優勝。大学入学後もボートを続けるが、19歳で競技から離れ、自転車競技に転身。2021年5月に日本競輪選手養成所に入所し、同年12月に早期卒業を果たした。2022年1月に競輪でデビューし、8月にはS級2班に特別昇級。同年1月からナショナルチーム入りし、数々の国際大会に出場。2023年のケンブリッジGP、ネーションズカップ第1戦、第2戦とも表彰台に立つ。同年5月の日本選手権トラックで、チームスプリント、スプリント、ケイリンで優勝し三冠を達成した。
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