中部電力・松村千秋が涙。目前の五輪出場を逃した瞬間の悲痛な思い (6ページ目)

  • 竹田聡一郎●取材・構成 text by Takeda Soichiro
  • 藤巻 剛●撮影 photo by Fujimaki Goh

 ただ、トライアルが終わって1週間後にスイス遠征があったんですけど、あの時は正直、『この遠征って、何のためなんだろう』っていう疑問が、どうしても頭の中で浮かんだりして......。気持ちを切り替えるのには、結構時間がかかりました」

中部電力のサードを務める松村千秋中部電力のサードを務める松村千秋――その苦悩からわずか1年、昨年の日本選手権で中部電力は見事に全勝優勝を果たします。松村選手の中でも、うまく気持ちを切り替えることができた、ということでしょうか。

「自分の中では、『1年ずつがんばろう。そう思うしかないな』と整理をつけました。オリンピックはまた4年後になってしまいましたが、日本選手権とその先にある世界選手権は毎年あるし、そこで結果と経験を積み重ねていけば、またオリンピックが見えてくるかもしれないな、と。

 あとは、えみずさんが(2017-2018シーズンで)現役選手から退いたことは、チームにとっても、私にとっても、本当に大きな出来事でした。その後も、チームのサポートに徹してくれて、私は彼女に救われたのかもしれません」

(つづく)

松村千秋(まつむら・ちあき)
1992年10月26日、長野県出身。本人を含めて、家族6人全員がプレーヤーである"カーリング一家"で育つ。中部電力には、2011年に入社。藤澤五月(現ロコ・ソラーレ)らとともに日本選手権4連覇(2011年~2014年)を遂げるなど、チームの黄金期を支えた。現在は、最年長選手としてチームの精神的支柱となり、2019年日本選手権優勝にも絶大な貢献を果たした。趣味はカフェ巡り。「えみずさんと一緒に、軽井沢町内のカフェを攻めています」

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