【レスリング】ファインダー越しに見た、伊調馨がすべてを解き放った瞬間 (2ページ目)
留学後、久しぶりに国内の大会のマットに上がった馨は、以前と何ら変わらなかった。いつもの強い馨で、淡々と優勝していた。それは国際大会でも同じだった。しかし、ひとつだけ変わったことがあった。それは、馨から見てとれる"感情"だ。優勝し、表彰台に上がったときこそ笑顔になるものの、勝利の決まった瞬間はニコリともせず、当たり前のようにマットから立ち上がり、淡々とすべてをこなしていた。
私は、馨の笑顔が好きだった。口を横にニーッと開き、頬に大きなえくぼができる。私たちカメラマンが「馨!」と呼ぶと、メダルを手にして必ずその笑顔を見せてくれた。初めてレスリングを撮りにくるカメラマンたちも「かわいい、かわいい」と口々に言い、彼女の笑顔に魅了されていた。
でも、北京五輪以降、そんな馨の真の笑顔を撮った覚えがない。もちろん笑顔ではあるけれど、どこかそれまでのビッグスマイルとは違っていた。特に昨年の世界選手権では、準々決勝で相手選手からサミング(目つぶし)を受けて片目を腫らした。五輪出場が内定したにもかかわらず、馨は表彰後の撮影を嫌がり、そこには少しの笑顔しかなかった。
ロンドンでも、試合中の馨の顔は変わらなかった。3連覇のかかった大舞台にあっても、こちらが安心して見ていられる、いつもの強い馨だった。準決勝こそヒヤッとさせられたシーンもあったが、相変わらずのポーカーフェイスですべての試合を勝ち進み、決勝では素晴らしい戦いを披露。そして、見事に金メダルを勝ちとった。
すごかった。強かった。五輪3連覇という快挙に圧倒された。だが、いちばんうれしかったのは、そこに、ずっと見たかった、撮りたかった、私の大好きな馨の笑顔があったことだった。
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