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小説『アイスリンクの導き』第19話 「10年後の翔平へ」 (5ページ目)

「真っ赤な夕焼けを見ながら、この手紙を書いています。

 10年後の翔平は、どんな日々を送っていますか?

 32歳の風景は、どんなですか?

 まだ、スケートを滑っていますか?

 質問ばかりが出てきます。

 翔平が決めた道だったら、それはきっと正しいはずです。突き進んでほしい。誰が何を言ったとしても、私はあなたの味方です。

 もしスケートを選手として続けていたら、新時代を作るようなものでしょう。普通だったら想像できませんが、翔平だったらあり得ると思います。だって、翔平だもんって。

 一度、休んだっていいから。現役復帰なんて、誰もが予想しないことをやっているかもしれませんね。あなたは本当にスケートが好きだから、一度引退しても、また続けたくなっているんじゃないの? 自分の衝動に素直に従っちゃいなさい。あとは、きっとどうにかなるわ。あなたには人が集まるから。本気になったとしたら、必要な人や機会は後からついてくるはずよ。

 右膝のケガは、一生まとわりつくものでしょう。スケーターにとって膝の前十字靭帯を痛めるということは、翼をもがれるようなもので。あなたにその業を背負わせてしまったのが、指導者としての心残りです。あの時、ああしていれば、こうしていれば、というのばかりを考えてしまいます。

 私自身、病魔と戦うことで、罪滅ぼしをしたかった。最後まで戦い抜きます。でも、これをあなたが読んでいるとしたら、力尽きたということなんでしょう。膝の治療、リハビリ、復帰にも付き合うことができなかったことは、許してね。

 あなたは粘り強く膝の痛みとも向き合って、自分の人生に引き入れていました。運命に対し、少しも逃げなかった。その勇敢な姿に、どれだけ私が救われたことか。

 きっと、それはあなたの優しさだったのでしょう。

 10年後も、翔平がそうやって生きていてくれたらうれしいです。それだけで、十分かもしれません。

 あなたは苦難を乗り越えることで、誰かを幸せにしているんです。本人は大変でしょう。でも、乗り越えるたび、強さを増して、輝きを放っているはずです。

 無責任に期待しすぎ?

 だって、それが私の見込んだ翔平ですから。

 たとえ何をしていたとしても、あなたらしく生きていてください。あなたらしい、なんて決めつけのようだけど、この際、決めつけちゃいますよ。だって、最後のメッセージですから。それも、10年後に向けての。何も確定していることなんてないんだから、私の個人的な希望を書き込んでいるだけです。

 ちょっと迷惑ですか?

 呪いになってしまうかな?

 その時は、『適当なことを書きやがって』って笑ってください。実際、たわごとに過ぎません。私は今、夢うつつにいるんです。

 あなたのこれからのスケート人生、一緒に過ごすことができないのは残念ですが、一緒に過ごせた10年間の方をかみしめることにしますね。10年後の翔平に思いを馳せながら。

 空では最後まで残っていた赤が、黒い闇に飲み込まれていきそうです。ただ、怖くはありません。むしろ、力が湧いてくるのです。

 あなたは、青い光に満ちた世界で羽ばたき続けてね。

 10年後の翔平へ 」

 波多野は下書きの出来に満足した。ダイアリーを閉じ、引き出しにしまった。便箋に清書するのは明日にしよう。明日やるべきことができたことは、悪いことではない。一日でも、長く生きるつもりだ。

「夕食の時間ですよ」

 ほとんどノックと同時に看護師が夕食のトレーを持って入ってきた。

 食欲はまるで湧かなかったが、できるだけ食べることにした。少しでもこの世界に留まるために。

「今日のデザートはティラミスですよ」

「それはうれしいわ」

 波多野は看護師の言葉に答えた。

「病院の厨房ですが、元パティシエの方がいるらしく、デザートだけは贅沢ですよね。私もごちそうになりたいくらいです」

「そうそう、他は素っ気ないのに。デザートで食欲が出るのよ」

 波多野はそう声に出すと、本当に食欲が出た気がした。

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