荒川静香のトリノ五輪の快挙から15年。「金メダルを取るには?」の答え (4ページ目)
荒川は語っていたが、驚嘆すべき胆力だろう。
五輪は"魔物"が棲む場所と言われる。実力者のコーエンは金メダルの重圧に潰れ、スルツカヤも荒川の好演に追い込まれ、調子が狂った。いつもどおり、が難しい。
しかしその日、荒川はいつも以上に彼女らしかった。
スケーターとして、分厚い人生を重ねてきたのだろう。幼くして天才少女と呼ばれたが、1998年の長野五輪に出場も成績は振るわず、2002年のソルトレーク五輪はメンバーに選ばれていない。そして2006年、台頭著しい若手の突き上げを受ける中で出場権をどうにか勝ち取り、大舞台に立った。静謐な笑みは、クール・ビューティーというより、悟りの境地に近かったか。天恵に浴するような、神がかった種類のものだ。
ーー金メダルを取るには?
その問いに、荒川は豊満な笑みで答えていた。
「才能と運が重なったときに取れるものです」
イナバウアーは、永遠に彼女の代名詞になった。
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