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日本ボクシング世界王者列伝:村田諒太 五輪王者からプロの世界王者へ 偉大な階級で偉大な王者と渡り合った歴史的功績 (2ページ目)

  • 宮崎正博●文 text by Masahiro Miyazaki

【2度の厳しい敗北を乗り越えて】

 その後の村田はじっくりと勝ち星を重ねていった。中国市場に興味を示していたトップランクの意向から、マカオ、上海、香港と3度も中国本土のリングに立った。ラスベガスでも2度戦い、その2戦目では格下相手ながら痛快な初回TKO勝ち。プロ4年目、12戦全勝9KOで初めての世界戦を迎える。それが栄冠への第一歩とともに、第2,第3の試練の始まりとなる。

 2017年5月20日、プロデビュー戦と同じ有明コロシアムでWBA世界ミドル級王座決定戦に出場する。対戦者アッサン・エンダムはフランス国籍を持つカメルーン人。スタイリッシュな攻撃型で、波に乗せたらやっかいな相手だった。過去、「暫定」ばかりながら3度の世界王座をつかんでいた。村田はこの難敵に堅実にプレスをかけて主導権を握ると、4ラウンドには右クロスを決めてダウンを奪う。エンダムの顔面がキャンバスに突き刺さる痛烈なダウンで、ここで勝負あったと見えた。しかし、12ラウンドを戦い終え、エンダムが1−2判定で勝利したのだ。大多数のブーイングのなか、WBAは再戦指令を出した。

 5カ月後、両国国技館で行なわれた再戦は、いまだダメージを引きずっているかのようなエンダムを再び圧倒し、7ラウンド終了時で棄権に追い込んだ。村田にとっては、悔しい戦歴の疵(きず)とともにやっと勝ち取った世界一の座だった。

 しかし、試練は続く。2018年10月、2度目の防衛戦はラスベガスで行なった。ボクシングの聖地で主役を張る圧迫感からか、村田ははっきりと堅かった。プレスをかけきれないまま挑戦者ロブ・ブラント(アメリカ)のジャブ、ストレートを浴び続け、傷だらけになって大差判定でベルトを失った。

 村田の本領発揮はここからだと個人的には思う。何か弾けたようだった。プロ入り以来、強烈な右パンチをトレードマークに、ジャブでプレスをかける正攻法の一点張りだった。リスクが少ない、そういった戦い方は、プロとして大成するための大事な通り道だったのかもしれない。だが、アマチュア時代、村田の魅力といえば、いざとなれば乱打戦上等のむき出しのハードアタックだったのだ。

 2019年、大阪でブラントと再び拳を交えたときは、まるで親の仇に出会ったかのような猛烈な攻撃を見せる。ブラントをわずか2ラウンドでひどく打ちのめし、村田は再び世界王座に返り咲いた。

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