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【プロレス】藤原喜明が明かす「藤原組」でのギャラ下げ交渉と解散危機 船木誠勝や鈴木みのるらの退団は「ホッとした」 (2ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji

【オーナーに「ギャラを下げてください」】

 この2年目に入る頃、オーナーの田中が藤原にある提案をしたという。

「次の年の契約更改の時に、田中さんがとんでもなく条件を上げてギャラを出すって言ったんだよ。とんでもない額のギャラアップだったな。だけど、俺は田中さんに言ったんだ。『社長、ちょっと待ってください。こんなギャラはやめてください。逆にその半分でいいです』ってな。

 それは、選手がみんな"その気"になっちまうからだよ。ただでさえ、1カ月に1試合しかやらねぇのになんだかんだ文句を言って、自分らが偉くなったような気になってたからな。だから、俺はそんなヤツらのギャラを上げちまったら、さらに勘違いするって思ったんだ。

 逆に田中さんには、『その代わり、一年でも長くスポンサーでいてください』ってお願いしたよ。メガネスーパーの本業はもちろんメガネの販売だからな。万が一、本業の経営が不振になったら、真っ先に切られるのは俺たちなんだよ。だから、全員ギャラは半分で、長い支援をお願いしたんだ。

 田中さんは驚いてたな。上げるっていうギャラを、下げてくださいって言われることなんてあり得ないからな。それで『お前もか?』って聞かれたから、『もちろんです』と答えたよ」

 その年の6月18日、レフェリーと外国人招聘を担当していた空中正三(ミスター空中)が、脳腫瘍で49歳の若さで亡くなった。その深い悲しみと、さまざまな問題をはらみながらも、藤原組は10月4日に東京ドームに初進出する。

 4万800人(主催者発表)の観衆を集めた大会のメインイベントは、船木とキックボクサーのモーリス・スミス(米国)との異種格闘技戦(3分5ラウンド)。試合は、フルラウンドで決着がつかずノーコンテストと裁定された。一方の藤原は、身長210cmのアームレスリング欧州王者、ツハダゼ・ザオール(ジョージア)と対戦し、アキレス腱固めで快勝した。

 その東京ドーム大会が、藤原組にとって頂点だった。

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