【証言・棚橋弘至】柴田勝頼が明かす盟友との28年 入門テスト、とんかつ事件、新闘魂三銃士... (4ページ目)
── 堂々と道場をあとにした(笑)。
柴田 「せめて走って逃げろよ」って話じゃないですか(笑)。
── 棚橋選手とのプロレス観の違いは確実にありますよね。
柴田 ひとつ言えるのは、棚橋くんは昔からプロレス全般を見ていましたね。全日本もアメリカンプロレスも、すべてプロレスというスタンスで見ていた。でも自分は「新日本だけがプロレス」と本気で思っていた。そのあたりの視野の広さが棚橋くんにはあり、自分は極端に狭かった。そりゃ、どうしてもプロレスの価値観は違ったし、いろんな摩擦が生じてたんじゃないかなって、いま振り返ると思いますね。
柴田勝頼(しばた・かつより)/1979年11月17日生まれ。三重県出身。98年、新日本プロレスに入門し、2005年に退団。07年から総合格闘家として活動。HERO'S、DREAM、DEEPなどに出場。12年、新日本に復帰。17年、「NEW JAPAN CUP」で初優勝し、オカダ・カズチカの持つIWGPヘビー級王座に挑戦。試合後に急性硬膜下血腫と診断され、長期活動を休止。18年、新日本LA道場のヘッドコーチに就任。21年、サプライズ復帰を果たすと、23年、AEWに移籍。25年、フック、サモア・ジョーらとユニット「The Opps」を結成。
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