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追悼ジョージ・フォアマン 生前に取材を重ねたノンフィクション作家が振り返る、モハメド・アリとの絆、闘う牧師としてのリング復帰、隣人への愛 (2ページ目)

  • 林壮一●取材・文・撮影 text & photo by Soichi Hayashi Sr.

 そんなフォアマンの3人目の挑戦者に選ばれたのが、1960年のローマ五輪で金メダルを獲得したモハメド・アリだ。プロデビュー以来、20連勝を飾って世界ヘビー級王座に就いたアリだが、ベトナム戦争への徴兵を拒否したことからタイトルを剥奪される。最高裁で無罪を勝ち得てカムバックしたが、3年7カ月のブランクは大きく、フォアマン戦を迎えるまでに17戦してふたつの敗戦。キャリア初黒星の相手は、フレージャーだった。

 フレージャーを座標軸に考えても、25歳で上り坂のフォアマンに32歳となったアリは敵わないと見られた。しかし、強打をブロックしてスタミナを奪うアリの策がハマり、ヒューストン出身の25歳は8ラウンドKOで敗れる。ボクサーとして順風満帆に歩んできたフォアマンにとって、敗北は自身を粉々に打ち砕いた。

筆者は四半世紀フォアマンと交流し、何度もインタビューを重ねた筆者は四半世紀フォアマンと交流し、何度もインタビューを重ねたこの記事に関連する写真を見る

 初めて私がフォアマンをインタビューした1998年の夏、牧師となっていた彼は振り返った。

「負けるってことが信じられなかった。自分が内面から破壊されてしまった。ジョージ・フォアマンという人間がわからなくなった。自分はもう、何も成すことができない人生の敗者なのだ、としか感じなかった。

 苦しみ抜いてひとつの答えに行き着いた。あの日のアリには、私に無いものーー、"経験"――があった。アリが私よりも強かったのは『敗北の意味』を知っていたからだ。彼も敗戦に打ちのめされ、それを乗り越えて私との試合を迎えていた。負けを知り、そこから這い上がったファイターは強いのさ。ボクサーとしてだけでなく、人間としてもね。そのうち私も、『人生に負けた訳じゃない。1試合落としただけだ』と考えられるようになった」

【牧師になったあと、38歳でカムバック】

アリとの再戦を目指して復帰ロードを進むなか、フォアマンは1977年3月に2度目の敗北を喫し、試合直後の控え室でキリストの啓示を聞いて牧師となる。教会を築き、さらには未来の見えない若者を支えようと、ユースセンターをオープンして問題児たちと触れ合った。

 フォアマン自身、夢も希望もない子供時代を過ごした。7人の子供をシングルマザーが養う家庭は貧しく、中学をドロップアウトし、通りすがりの人から金を奪っては食料を買う日々を送っていた。

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