井上尚弥が「怪物」であり続ける礎と「KO」への美学 「コンビネーションブローって何でしょうね?(笑)」 (2ページ目)
【戦力の奥行きに対戦者は驚くばかり】
森合正範氏が著した書籍『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』で、井上と対戦した選手の多くが証言しているのは、その引き出しの多さである。時と場合によって、"とっておき"の武器を素早く選び出し、最もいい形にして戦いに挿入してくる。
古い記憶ながら、ボクシングファンで俳優の片岡鶴太郎さんがこんなことを言っていたのを、つい思い出した。
「どんなアドリブでも、一度も振ったことがなければ当たりません」
井上の実父でもある真吾トレーナーによると、その引き出しの数は数百にものぼる。リング上で実際に対峙している側からすると無尽蔵に思えるかもしれない。
2018年5月25日に井上が初めてバンタム級の世界タイトル(WBA)を手にしたジェイミー・マクドネル(イギリス)戦のことだ。試合開始早々、身長176cmの長身、マクドネルの深い内懐に素早く切れ入って、左フックのボディブローで痛めつける。はや弱気の気配を見せたチャンピオンに、今度は同じ左フックをロングで打ち込んだ。ふらつくマクドネルの戦力はこれでほぼ壊滅。あとは破壊劇が残っていただけ。左ボディブローで倒し、連打で再度倒し、レフェリーがストップをコールする。その間、112秒。対戦者の顔色を見て、大胆な仕掛けに転じた機転は見事だった。
アドリブといえば、この試合後、リング上のインタビューで井上はWBSS出場を宣言している。WBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)とは、世界チャンピオン認定4団体の壁を越え、世界から選ばれた8人で最強の座を争うトーナメント戦だった。実はこの時、参戦発表の予定はなかったという。井上がその時の判断で発言したのだ。圧倒的なTKO勝ちに熱狂するファンは、この最強への挑戦宣言でさらに燃え上がる。井上への注目度が爆発的になっていくのは、この時からだ。そして、井上はノニト・ドネア(フィリピン)との決勝(2019年11月7日)に劇的な勝利を収め、ものの見事にWBSS優勝を果たす。井上のアドリブ力は試合だけで発揮されるものではないのだ。
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