井上尚弥が「怪物」であり続ける礎と「KO」への美学 「コンビネーションブローって何でしょうね?(笑)」 (3ページ目)

  • 宮崎正博●取材・文 text by Miyazaki Masahiro

【念入りに塗り固められ続ける基本】

 ジムでの井上は、まず、基本を徹底して反復する。目の前に対戦者がいると仮想して、宙にパンチを投げ出すシャドーボクシングも念入りだ。シャドーボクシングは、1880年代、黒人として初めて世界チャンピオン(バンタム級)になったジョージ・ディクソン(カナダ)が発明したとされ、その後、140年以上、もっともベーシックなボクシングトレーニングとなっているが、井上は決しておざなりにはしない。動きの切れ味もすごい。費やすラウンド数も多い。

 2022年6月7日、ドネアとの再戦を、そんな基本によって高められた攻撃の積み重ねによって終結させる。2ラウンド、左フックでドネアを大きく泳がせること2度。力なく後退するライバルをジャブ、右ストレートで追う。ワンツーを追加。ロープ伝いに逃げるドネアの体がニュートラルコーナーにもたれかかったとき、またしてもワンツー。そして大きく弧を描き、わずかな時間差を作った左フック。実質5階級制覇の名チャンピオンの体は力なくキャンバスに投げ出された。この連続攻撃に用いたパンチは、いずれも教科書にあるとおり。高校生ボクサーが学ぶ基本のものだけ。それでも、徹底して磨き込めば、ここまでの破壊力を持つということだ。

 アドリブの力を生み出すのは、うずたかく積み上げた基本の素地があり、さらに膨大な引き出しが準備されてこそ。そして、なお、井上の攻撃力にはプラスアルファがある。ここぞという瞬間を見抜き、一気にフルアタックに転じる『思いきり』だ。

 WBSS初戦となったファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)戦(2018年10月7日)だ。400戦以上のアマチュア経験を持つ老練なサウスポー、パヤノはスローペースで戦わせたらやっかいな相手だった。井上はそんなカリブ人に余裕を与えなかった。初回、まだ偵察戦のさなか、相手のアゴ先が丸見えだった。同時に脳裏に大きな5文字が映し出されたという。「いっちゃえ!」。大きく飛び込んでの右ストレート。炸裂。70秒の決着だった。

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