井上尚弥が「怪物」であり続ける礎と「KO」への美学 「コンビネーションブローって何でしょうね?(笑)」 (4ページ目)
【慎重にして大胆なペースメイク】
強い井上に、理由はまだある。危機管理能力とがまん強さである。
ドネアとの第1戦、厳しい戦いを強いられたのは、2ラウンドに負った右眼か底骨折のせいだった。視界が二重になるなか、井上は右グローブで右目を隠し、なんとか照準を合わせながらラウンドを重ねた。驚くべきは、その緊急処置はその日の相手から学んだものだった。
ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)戦(2013年)の最終回、右目を痛めたドネアはグローブでその右目を覆いながら、最後の3分間を戦った。井上はすぐにこれを思い出し、そっくりまねをした。なおかつ、ドネアに最後まで悟らせなかった。
昨年12月13日、マーロン・タパレス(フィリピン)とのスーパーバンタム級4団体統一戦。後ろ足に極度に重心を傾ける超守備的スタンスから、右フックの引っかけ一本に勝機を絞ってきたサウスポーに対し、井上はがまん強く戦い抜いた。ダウンを奪い、迎えた5ラウンド、井上はその右フックを一発だけ被弾した。そして、タパレスの余力を測った。
「ちょっと、いきすぎたかな、と」
その後は鋭いパンチでペースを管理しながらも、安全をチェックしながらの試合になる。
「いろいろ仕掛けたんですけどね。(タパレスは)まったく乗ってきませんでした」
フェイント、そのフェイントの一種であるドローイングバック(わざとすきを作って対戦者を呼び込む技術)は、対戦者であってもわかりにくい。観戦する側には、なお分からない。
「統一チャンピオンに対して被弾したのは一発だけで、KO勝ちです。その試合を苦戦とは言わせません」
訴えのとおり。たとえ、静かな戦いに見えたとしても、井上はしっかりと下ごしらえをしていたのだ。その結果が10ラウンドのノックアウトにつながった。どんな展開であったとしても、観る側は井上尚弥を信頼しなければならない。
そしてルイス・ネリとの戦いだ。双方の戦力を見比べ、考えつくありとあらゆる可能性を探っても、そこに偶然がない限り、井上の勝利以外の結論は導き出せない。その偶然があるとすれば序盤戦。危険なパンチャー、ネリがサウスポースタンスから打ち込む左が当たったとき。このメキシカンはこの一発から一気に左右のパンチをつるべ打ちにしてくる。そうなれば、対処法を思いつくいとまもない。ただ、およそ考えにくいことながら、井上がよほどKOを急ぐか、集中力が切れる一瞬がなければ、偶然の衝突などありえないとみる。
私たちは「5・6東京ドーム」で、再び、井上の偉大な実力を確認することになる。
著者プロフィール
宮崎正博 (みやざき・まさひろ)
20代からボクシングの取材、執筆を開始。1984年にベースボール・マガジン社に入社して『ボクシング・マガジン』編集部に配属。1996年にフリーランスに転じ、野球をはじめとするスポーツ全般を取材し、CS放送のボクシング番組の解説も務める。2004年に『ボクシング・マガジン』に復帰し、編集長を経てフリーランスに。現在、山口県山口市在住。
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