KAIRIが語るWWEと日本のプロレスの違い...反則、カウント、観客への意識など (2ページ目)

  • 大楽聡詞●取材・文 text by Dairaku Satoshi
  • 立松尚積●撮影 photo by Tatematsu Naozumi

【約6年ぶりのスターダムの景色】

――2020年に帰国した時、すぐにリングに復帰しなかったのはWWEとの契約が残っていたからですか?

KAIRI:契約もありましたが、いったんプロレスから離れてリセットしたかった。プロレスの試合もまったく観ませんでした。次のステージに進むため、前向きな意味でプロレスを入れたくなかったんです。

――2022年3月、いよいよ日本で復帰戦を行ないます。スターダムの両国大会でしたね。

KAIRI:1年8カ月ぶりのリングだったので、正直、緊張しました(笑)。

――WWEに渡ってから約6年、久しぶりのスターダムは景色が変わりましたか?

KAIRI:アメリカにいる時からSNSやニュースを見て、「魅力的な選手が集まってきた」と感じていました。華もあるし、キャラクターもしっかりしていて、なおかつ試合も面白くて。私自身ブランクもあったので、どこまで対応できるかなという気持ちもありました。

――そんな中、2022年11月20日に新日本プロレスとスターダムの合同興行「Historic X-over」が有明アリーナで行なわれました。

KAIRI:この大会のメインイベントで、スターダム1期生の岩谷麻優さんとIWGP女子初代王座決定トーナメント決勝戦を争いました。スリーダムというユニットを組んでいた時、メンバーの麻優さん、紫雷イオさんと新日本プロレスの1.4東京ドームや日本武道館を観戦して「いつかこんな舞台で試合ができたらいいね」と話していました。

 それがこの興行で現実になった。私が渡米したあと、スターダムのメンバーやスタッフが頑張って支えてくれたから、今があるんでしょうね。その興行で、IWGPの女子初代王者になれたことは、タイミングに恵まれまれたところもある。新日本プロレスとの合同興行、それも有明アリーナという大舞台で尊敬する麻優さんと闘えたことは光栄です。

――今後はスターダム以外にも闘いの場を広げるのでしょうか?

KAIRI:どうでしょうね。明かせないこともありますけど、私も意図があって動いています。

【プロフィール】
KAIRI(かいり)

1988年9月23日生まれ、山口県出身。155cm。50kg。高校1年でヨットを始め、インターハイ、国体、インカレで上位に。大学1年でジュニア世界選手権日本代表となる。その後プロレスに興味を持ち、2011年8月にスターダムに入門。翌年1月7日にデビューした。2015年2月にスターダムの選手会長に就任し、同年3月にスターダム最高峰のベルト「ワールド・オブ・スターダム王座」を初戴冠。2017年6月にWWEと契約し、リングネームを「カイリ・セイン」に。2017年9月、「WWEメイ・ヤング・クラシックトーナメント第1回大会」で優勝。2018年8月、NXT女子王座を獲得した。2019年4月、スマックダウンに昇格してASUKAと「ザ・カブキ・ウォリアーズ」を結成。同年10月、WWE女子タッグ王座を獲得したのち、日本に帰国。2022年3月、5年ぶりにスターダムに参戦し、同年11月に新設されたIWGP女子王座の初代王者に輝いた。

2 / 2

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る