猪木とアリに芽生えた友情 実況アナ・舟橋慶一は世紀の一戦に「究極の『無言の会話』を交わした闘いだった」 (3ページ目)
【試合後、猪木に集中したバッシング】
試合は最終15ラウンドでも決着がつかず判定へ。結果は三者三様の引き分けに終わった。その瞬間、舟橋の胸に去来したのは安堵だった。
「15ラウンドで決着はつきませんでしたが、猪木さんもアリも無事なまま終わってホッとしました。自分のパンチの力を一番わかっているのはアリ本人で、猪木さんも己のプロレスのすごさがわかっている。長く実況を担当してきた私は、一流の格闘家同士だけがわかる『無言の会話』というものがあることを理解しています。
試合が終わった時、2人は肩を抱き合ったんですが、あれこそが闘った者にしかわからない友情なんじゃないかと。格闘技の試合は殺し合いじゃない。この猪木vsアリは、究極の無言の会話を交わした闘いだったと思います」
一方で「格闘技世界一決定戦」と煽りに煽った興行が引き分けに終わったことに対して、舟橋にはある予感があった。
「世間から相当な非難が出るなと。しかもそのバッシングは、仰向けになって蹴り続けた猪木さんに集中するだろうと思いました。試合終了のゴングが鳴った瞬間、『猪木さんは相当に苦しむんじゃないか。悔しいだろうな......』といった、いろんなことが頭に浮かびました」
舟橋は試合後に猪木にインタビューしたが、猪木はいつもの試合と同じように淡々と受け答えをするだけだったという。
そして、舟橋の予感は的中する。翌日に発売された全国紙、スポーツ紙を含めた新聞は「世紀の凡戦」「茶番劇」などと批判。当時、NHKで夜9時から放送していた「ニュースセンター9時」では、メインキャスターが「NHKが取り上げるまでもない茶番劇」とも発言した。
「アリ戦を終えて一番苦しんだのは、猪木さんだったと思います。私もあの試合から1年以上、多くの人から『あの試合は成り立つわけがなかった』とか、いろいろ言われましたよ。
でも、そう言われた時に私はこう聞き返していました。『じゃあ、あなたは猪木vsアリに何を期待したんですか? 殺し合いですか? どちらかが再起不能になったら気が済みましたか?』と。そうすると、誰しも『それは、さぁ......』と黙ってしまいましたね」
ただ、舟橋にはひとつの悔いが残っている。
「私は『猪木vsアリは何だったんだ?』 と聞かれた時に、『異種の格闘家が、ルールを決めた上で闘ったスポーツ』と答えていました。ただ、そう話すと『ルールがわからなかった』となるんですよ。
あの試合で私は、正式なルールを放送することを番組プロデューサーによって禁じられていた。それでも、どうにかしてルールを視聴者にお伝えできていれば、猪木さんへの非難も少なかったのではないか。そこは今も悔いが残っています」
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