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猪木とアリに芽生えた友情 実況アナ・舟橋慶一は世紀の一戦に「究極の『無言の会話』を交わした闘いだった」 (2ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji
  • photo by 日刊スポーツ/アフロ

【猪木のセコンド、カール・ゴッチの葛藤】

 急展開の6ラウンドが終わり、再び試合は膠着したままラウンドを重ねていった。猪木がタックルを試み、アリが左ジャブで牽制するといった動きはあったが、基本的には猪木の蹴りにアリが抵抗するという展開は変わらなかった。

 単調な攻撃の中で舟橋は、猪木のセコンドを務めたカール・ゴッチが、ほとんどアドバイスを送らなかったことが印象に残っている。

 ゴッチは日本プロレス時代、若手選手にレスリング技術を指導。そこで猪木はゴッチのプロレス哲学に心酔し、新日本プロレスの旗揚げ戦で対戦するなど、ゴッチの強さ、技術、プロレスへの考え方を仰いでいた。そんな絶大な信頼を寄せたゴッチだったが、アリ戦で猪木に策を授ける姿を、舟橋が目にすることはなかった。

「ゴッチが試合中にアドバイスをすることはありませんでした。その理由を、試合の数日後に通訳を通してゴッチに尋ねたんです。しかしゴッチは、私の質問にニヤっと笑って、天井を見上げて何かを考えていたようですが、それを話すことはありませんでした。

 アメリカ人のゴッチにとって、モハメド・アリというボクサーがどれほど偉大な存在かということは、日本人が想像する遥か上なのかもしれません。そのアリと、自分の弟子とも言えるアントニオ猪木が闘うことへの葛藤はあったはずです。ましてや猪木さんは、アメリカのショーアップされたプロレスラーではありませんから、アリがやられることも想定していたかもしれない。だから、猪木がアリを仕留めたら大変なことになる、ということも頭をよぎったはずです。

 さまざまな思いが複雑に絡み合う試合で、ゴッチは猪木のセコンドでありながら、どちらに味方をすることもできずに指示することができなかった。私はそう考えています。あの試合の難しさを、もっともわかっていたのはゴッチだったのかもしれません」

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