RIZIN出場を発表→SNSに猛烈なバッシング。そのなかで三浦孝太が兄と準備した「必殺技」 (2ページ目)

  • 池田鉄平●取材・文 text by Ikeda Teppei
  • 撮影●田中亘 photo by Tanaka Wataru

【「チャンスを逃す人になるのはよくない」】

――そういう修行生活も、お父さんには報告していたのですか?

「お父さんとお母さん(三浦りさ子)には寮での生活について逐一報告していました。お父さんには『本当に俺は成長してんのかな。あんまりうまくいかない』という弱音を吐いたこともあるんですが、そういう状況に対しては『始めたばかりなんだから当たり前だよ。あまり考えすぎずに格闘技に向き合え』とアドバイスをしてくれました。

 その後も、『自分が強くなっている』という手応えを感じた瞬間はなかったです。それでも時間が経過するにつれて、スパーリングで通用するシーンが少しずつ増えてきました。徐々に成長を感じ、強い格闘家が集まっている場所でトレーニングすることの重要性も実感しました」

――そんななか、昨年9月のRIZIN.30のリング上で、大晦日の大会でデビューすることを自ら発表します。オファーが来た時や、出場を決めた時の気持ちを教えてください。

「それまでの練習で、RIZINに出場している選手やプロの方たちに練習でやられた経験がありましたから、最初にオファーが来た時は『自分がRIZINに出ていいんだろうか。大丈夫かな』という不安がありました。

 そのこともお父さんに相談したんですが、『もしかしたら今回が最後のオファーかもしれない。そのチャンスを逃す人になるのはよくない』という話になって。たくさんの格闘家が出たくても出られない大会に、どういう経緯であれ、声をかけてもらえたっていうのは大きなチャンス。"三浦知良"という名前を使ってこちらから要求するといった悪いことをしたわけではないですし、覚悟を決めました。

 初の格闘技の試合で酷いやられかたをすることもあるだろうし、試合までに『いろんなバッシングがあるだろう』ということは容易に想像できました。だけど、覚悟を決めてチャンスに飛び込んでいかないと、目標とするお父さんのような"スター"には絶対なれない。最初は少し複雑な気持ちがありましたが、出場を決めてから試合までは『もうやるしかない』と腹を括って練習に励みました」

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