【男子バレー】大阪ブルテオンのエバデダン ラリーが初めて口にした決意「日本バレーのミドルの顔になる」 (3ページ目)
【先輩の日本代表ミドルから入れられた喝】
ラリーは、筑波大学でもバレーを続けることにした。Vリーグでプレーする気持ちはまだなかったが、転機があった。
「大学で、やっとこさバレーに手応えを感じるようになりました」
ラリーは照れたように言う。
「論理的な指導が新鮮だったんです。『頭を使ったバレーは面白いな』と思いました。大学3年の天皇杯の試合で、パナソニック(現在のブルテオン)のロラン・ティリ監督や南部(正司)さんに見てもらって。(大塚)達宣がチーム練習に参加予定だったので、僕も"お呼ばれ"したのかなって思っています。たぶん、達宣がいなかったら参加できてませんね」
彼はきっぱりと言ったが、高校時代のライバルである大塚とチームメイトになる巡り合わせは、自らが引き寄せたものだろう。
「達宣の存在は大きいですよ。やっぱり、同期は特別。弱さを見せられるし、『俺のことも知ってほしい』と思える、変な感じがいいですね。なんでも喋れるんです」
こうした彼の質朴なキャラが、彼自身に力を与えるのかもしれない。大学在学中に代表に選ばれるなど台頭著しく、パリ五輪のメンバー入りこそ逃したが、その挫折も次の飛躍のためのトリガーとなった。
「パリ五輪は、"選ばれなくてもともとの精神"でした。自分はそれをチームのなかで、『俺は選ばれない。みんな頑張れよ』と振り撒いていた。達宣にも『お前は絶対に選ばれるからな』って声をかけていました。気を遣われるのが嫌だったので、メンバー発表もわざとケロッとしていたんです。
その時、(小野寺)太志さん(サントリーサンバーズ大阪)に『そんな場じゃねえから』と、半分冗談、半分真剣に喝を入れられました。あれは"周りに気を遣いすぎるな"ってことかなって思います」
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