女子バレー全日本の徹底したソウル五輪対策。「仮想・ソ連」戦に負けたあと、ハサミとキリを持った指揮官の行動に大林素子は絶句した (4ページ目)

  • 中西美雁●取材・文 text by Nakanishi Mikari

メダルを逃しバッシング

――その後、日本は勝ち進んでいくものの、最終的な順位は4位。メダルを逃してしまいました。

「初戦でソ連に勝ったことで、誰もが『金メダルに手が届く』と思っていました。決勝で再びソ連と当たる予定だったのが、準決勝でペルーに負けてしまった。2セットを先取したあとに2セットを取り返されて迎えた最終セットの終盤で、由美さんがダブルコンタクトの反則を取られてしまったんです。そんな反則を取られることは1度も見たことがありませんでした。

 言い訳みたいに聞こえるのは嫌なんですけど、この時のジャッジは不可解でしたね。汗で滑ったのかもしれませんが、明らかに反則を取られるほどじゃなかった。みんなが『審判にやられた!』となりました。バレーは"流れ"が大事なスポーツなので、その1点が大きく響いて、ペルーに流れが行ってしまいました」

――負けた後のチームの雰囲気はどうでしたか?

「『金メダル、悪くても銀メダル』と思っていましたから、ショックは大きかったです。手ぶらでは帰れないですし、『せめて銅メダルだけは』という気持ちもありましたが、モチベーションを保つのが難しかった。3位決定戦も敗れ、輝かしい"東洋の魔女"のメダル獲得の歴史を途絶えさせてしまいました。失望と、申し訳なさでいっぱいの中で帰国。久美さんと飛行機の中で『もう日本に帰りたくないね』と話したのを覚えています」

――帰国時のバッシングもすごかったんじゃないですか?

「帰国時の空港でも、出国前に声援を送ってくれたファンはひとりもいませんでした。待っていたのは記者の方々だけで、追及がすごかったです。今はそんなことを聞く人はいないでしょうが、『なんで負けたんですか?』『あの一本、なんで決められなかったんですか?』といった感じで。理由がわかっていれば勝てたわけですから、それはわからないんですけど、私は『自分のせいです』と答えていました。私はチームのエースとして出場していましたし、『自分が全部決めれば負けない』とも思っていたので」

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