【女子バレー】木村沙織、「壁」を打ち破ったエースの力 (2ページ目)
"スーパー女子高生"と呼ばれ、17歳で出場した04年アテネ五輪では背筋痛を起こし、ほとんどプレイすることができなかった。日本は準々決勝で中国に敗れた。若きエースとして期待された4年後の北京五輪は、準々決勝でブラジルに敗れた。
ミックスゾーン。群がる記者。スマイルがこぼれた。
「本当に、本当によかった。アテネの時も北京の時も、この一戦をなかなか勝ち切ることができなかったので。すごい試合だった。この1勝は自分たちにとってとても大きいです」
ひと呼吸つく。目元が緩む。
「いろんな人の声援が背中を押してくれました」
いろいろな人......。
木村はロンドンに"お守り"を持ってきていた。ひとつはカラフルな折り紙で折られた鶴の詰まった、透明なビン。選手村の部屋に置いてある。その折り紙には無数の激励が書いてある。
「(寄せてくれたのは)小学校の時に一緒にバレーをやっていた友達とか、その親とか。とても綺麗で......」
もうひとつ、木村はお守りをロンドンに持ってきた。北京五輪の直前にガンで急逝した成徳学園バレー部の1年後輩、横山友美佳さんの母から贈られたものだ。
「いつも一緒なんです。メダルをとってあげたい」
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