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錦織圭と過ごした壮絶な2年間 逃げ出したい厳しいトレーニングでも「帰りたいという言葉は一切、聞かなかった」 (3ページ目)

  • 内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

【アカデミー2年目ですごいことに】

 渡米したばかりの頃は同等......いや、むしろ自分のほうが上だと思っていた相手に、抜かれたという焦燥と失望。それは、時間の経過とともに膨らんでいったという。

「一緒に練習している時は、そんなに差は感じないんですよね。なぜなら、毎日のことだから。一カ月の間に誰がどれくらい強くなっているかなんて、よくわからないんです。

 ところが遠征に行くと、圭のほうが結果を残す。アメリカや中南米のジュニア大会に出た時、僕と玄輝はだいたいよくて3回戦に行く程度。圭はどうかというと、今週は1回戦負けで、翌週は準優勝。次の週はまた1回戦負けで、翌週は優勝みたいな感じだったんです。い行く時は、カーンと一気に決勝まで行く。すると次の週は体調を崩したり、の繰り返しでした。

 ただまあ、自分たちじゃなかなか到達できないところを、圭はすぐに乗り越えていく。テニスの強さの指標って、結局のところは試合で勝つか負けるかじゃないですか。そうなるとやっぱり、結果が出ているのは強くなっていることだと納得するしかなかったんです」

 最初は、大会での最高戦績という形で目立ち始めた錦織の成長。その事実を喜多さんがリアルに実感したのは、アカデミー内での練習試合だったという。

「アメリカに行って1年目は、まだそんなに圭が強くなったとは思わなかった。でもそのうち圭は、アカデミーのなかでも年上の強い選手に勝てるようになっていったんです。

 僕らからしてみたら、向こうは体も大きいし、めちゃめちゃ強いし、勝てる気がしなかった。もちろん圭も、最初はボコボコにされていたんです。でもだんだん、だんだん勝つようになっていった。その時に『マジでハンパないな』と思ったんですね。アカデミーに行って2年目くらいから、『なんかすごいことになってきたな』って感じたと思います」

 思うように戦績が出ないと、練習やトレーニングは一層きつく感じられる。加えて寮生活では、自由もない。

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