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錦織圭と過ごした壮絶な2年間 逃げ出したい厳しいトレーニングでも「帰りたいという言葉は一切、聞かなかった」 (2ページ目)

  • 内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

【朝から1回か2回は吐いた】

 当時を回想する喜多さんの表情は、語り口とは裏腹に柔らかい。それはあの時、あの空間をともに過ごした者たちだけが共有する、ある種の絆なのだろう。

 眠気まなこの錦織にあいさつし、ジャグに水を入れ、ウォームアップを終えると「きつい一日」が幕を開ける。

「とにかく毎日、トレーニングが2回あるんです。まず朝は、米沢さんと球出しなどの基礎練習。練習メニューが独特だったので、当時の自分には何のためにやっているのか、よくわからなかった。

 9時からようやくIMGの練習がスタートして、11時頃までやる。そこからトレーニングが始まるんです。基本はとにかく、走る。サッカーフィールドを走り、小高い丘を駆け上がり、またフィールドに戻って走って......。もうこの時点で、1回か2回は吐くんですよ。

 トレーニングのあとは、お昼にまずいチキンを食べて、学校に行って、帰ってきたらIMGの子たちと練習試合。そして最後に、またトレーニング。ここではジムに行って、バイクとかでめっちゃ追い込む。午前と午後の終わりに必ずトレーニングがあるので、逃げ出したい気持ちでいっぱいだったのをよく覚えています」

 錦織と同様に小柄だった喜多さんは、ミスの少ない粘りのテニスが武器。「それで勝ってきたという自負もある」と言うが、その彼が音をあげるほどにつらい日々だった。

 そんなほろ苦い思い出のなかで、錦織は「まじめに取り組む人」として異彩を放っていたという。

「圭はトレーニングも、めちゃめちゃがんばっていましたね。僕は途中から『これはきつすぎるから、どうやってサボろうか』とずっと考えていました。ただ、フィジカル面でつらかったのは間違いないですが、メンタル的にもちょっときつくなってきたのもあると思います。

 圭は試合で結果を出すようになっていく。その時に僕は、『同じ練習やトレーニングをやっているのに、なんで自分は試合で勝てないんだ』みたいに思ってしまったんですよね。一度そのメンタリティに陥ると、なかなか戻ってこられない。一方で圭は、ずっと真面目にやっていました」

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