錦織圭と出会って26年 IMGアカデミーの同期・喜多文明は「当時はまったく負ける気がしなかった」 (4ページ目)
【世界一を本気で信じていた】
「さっき僕は、『トップ選手になるためにアメリカに行った』と言ったじゃないですか。でも実際には、当時はレイトン・ヒューイット(オーストラリア)が世界1位だったと思うんですが、そのレベルに自分が行くなんてありえないって思っていた。だから乖離があったんですよね、自分が対外的に言う言葉と、本心との間には。
もちろん、『修造チャレンジ』とかで目標を聞かれたら『世界一です!』って言うんですよ、大きな声で。そう言わないと怒られるので、全員言う。でもたぶん、本気で行けると思っていたのは、圭だけだったんじゃないかと思うんです。
圭だってIMGに行ったばかりの時は、試合でも、アカデミー内の練習試合でも負けていた。でも、『今は勝てないけれど、きっと勝てるようになる』って思いながら練習していたんだろうなと思うんです」
のちに喜多さんは、あの頃に抱いた疑問の答え合わせをすべく、錦織に尋ねたという。
「今、世界4位じゃん。子どもの頃から、そんなふうになれると思っていたの?」と。
果たして錦織は、何事もないように「本当に思っていた」と言ったという。
「圭は、『毎日やっていれば、きっと勝てるようになると思っていた』って言うんです。最初は全小(全国小学生テニス選手権)や全日本ジュニアでも勝ったり負けたりのレベルだったのに、海外に行くようになって、勝てなかった選手にも勝てるようになった。それが楽しかった......って」
戦いの舞台が日本からアメリカ、そして世界へと広がっても、錦織のテニスに向き合う姿勢が変わることはなかった。
「ずっとその道を信じてやり続けたのは、本当にすごいなって思います」
素朴な喜多さんの言葉に、純粋な敬意が込められていた。
(つづく)
◆喜多文明の視点(2)>>「日本に帰りたいという言葉は一切、聞かなかった」
【profile】
喜多文明(きた・ふみあき)
1989年1月21日生まれ、埼玉県出身。5歳からテニスを始め、2000年に全国小学生テニス選手権で優勝を飾る。中学時代に錦織圭らとともに渡米し、フロリダのIMGアカデミーへテニス留学。世界のトップジュニアの環境で研鑽を積む。帰国後、慶應義塾大学に進学し、1年生で全日本学生テニス選手権(インカレ)男子ダブルスを制覇。大学卒業後にリコーへ入社し、実業団で長年活躍。現在は同テニス部男子チームの監督を務めている。2010年全日本テニス選手権男子ダブルス準優勝。JTAランキング最高13位(ダブルス)。身長170cm。
著者プロフィール
内田 暁 (うちだ・あかつき)
編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。2008年頃からテニスを追いはじめ、年の半分ほどは海外取材。著書に『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)など。
【写真】日本女子テニス「6人のティーンエイジャー」フォトギャラリー
4 / 4













