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錦織圭と出会って26年 IMGアカデミーの同期・喜多文明は「当時はまったく負ける気がしなかった」 (2ページ目)

  • 内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

【人生で一番くらい悔しい負け】

 喜多さんの同期には、前述の伊藤竜馬に加え、杉田祐一らのちにグランドスラムで活躍する金の卵が揃う。一学年下の錦織は同世代でトップではあるが、『14歳以下』など上の代とも戦うカテゴリーに入れば、まだまだ絶対的な存在ではなかったという。

 全国小学生選手権で名前の読み方を知ったあと、喜多さんは錦織と対戦する機会も増えていった。そして「当時は、まったく負ける気がしなかったですね」と在りし日を振り返る。

「僕には、意地でも負けられないという気持ちもありましたし、圭はまだ粗削り。いろいろできるのでいいところまで行くけれど、最後はちょっとやりすぎちゃうところがあったのかなと思います」

 初対戦からしばらくは、喜多さんが連勝。だからこそ初めて喫した敗戦を、「人生で一番くらい悔しい負け」だと、喜多さんは回想した。

「僕が中学3年生、圭が2年生の時だったかな。『ワールドジュニア世界選手権』という14歳以下の国別対抗戦の日本代表に、僕と圭も選ばれたんです。その大会は夏にチェコで開催されるので、その前にヨーロッパでやっている『ヤングスターサーキット』という大会に5週間行きました。その時にベルギーの大会で、僕と圭が決勝に勝ち上がったんですよ。そこで初めて、圭に負けた。

 僕も小柄でしたが、当時の圭はもっと小柄だったんです。コートサーフェスはクレー(赤土)で、めっちゃ競った試合でした。お互いに粘り強く戦って、でも最後は取られて。今まで日本での試合は全部勝っていたのに、『海外で勝てねぇのか』って......。なんか『俺って勝負弱いな』って思ったんです。自分のテニスそのものは、よかったんですよ。だから、余計に負けたのが悔しいっていうか......」

 今は『監督』として部員たちを俯瞰し、導く立場だからだろうか。過去の自分をもどこか客観視するように、喜多さんは言った。

「思えばあの試合が、圭とのレベル差を感じる序章だったんだな......って」

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