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初のプロラグビー選手・村田亙が作った「海外移籍」の道 日本人でも世界に通用することを証明した (4ページ目)

  • 斉藤健仁●取材・文 text by Saito Kenji

【日本ラグビー界の歴史を変えた】

 現役引退後は、セブンズ日本代表でのキャプテン経験を生かして男子7人制ラグビー日本代表の指揮官に就任。その後は母校・専修大ラグビー部の監督を歴任し、現在もセブンスの選手への指導や小中学生へのラグビーの普及にあたっている。

「スクラムハーフは身長が小さくてもできるポジションだし、身長が小さいというコンプレックスを持っている分、気持ちの強い選手が多い(村田は公称172cm)」

 かつて村田がそう話していたように、持ち前の負けん気で、常に世界のラグビーシーンに挑戦を続けたラグビー人生だった。

 村田の海外挑戦に刺激を受けて、2002年にはFL/No.8斉藤祐也(サントリー→USコロミエ)、2003年にはWTB大畑大介(神戸製鋼→モンフェラン)が追うようにフランスリーグに挑戦した。

 そして2012年になると、SH田中史朗(パナソニック→ハイランダーズ)とHO堀江翔太(パナソニック→レベルズ)が日本人として初めてスーパーラグビーでプレーする。日本人選手が世界に羽ばたく数は、少しずつだが増えつつある。

 日本人選手でも海外のプロリーグで対等にプレーできる──。

 初のプロ選手として日本ラグビー界の歴史を変え、それを証明したのは、常にチャレンジ精神を持ち続けた身長172cmの九州男児だった。

著者プロフィール

  • 斉藤健仁

    斉藤健仁 (さいとう・けんじ)

    スポーツライター。 1975年4月27日生まれ、千葉県柏市育ち。2000年からラグビーとサッカーを中心に取材・執筆。ラグビーW杯は2003年から5回連続取材中。主な著書に『ラグビー『観戦力』が高まる』『世界のサッカーエンブレム完全解読ブック』など多数。

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