『熱血バスケ』MC副島淳が語るバスケ愛 高校時代は全国大会で活躍 後の日本代表選手とも対戦 (2ページ目)

  • 青木美帆●取材・文 text by Aoki Miho
  • 村上庄吾●写真 photos by Murakami Shogo

【バスケットの仕事は仕事じゃない】

――大学卒業後はバスケを続けるという選択肢はなかったのですか?

「そうですね。リアルな話しをすると、当時のトップリーグだったNBLやbjリーグのチームからはどこからも誘いはなかったんです。実業団チームから『働きながらバスケをしないか?』という誘いはいくつかあったんですけど......うーん、結論から言うと度胸がなかったと言いますか、あきらめてしまった。

 当時は今のようにきちんとした体制のプロリーグがあったわけでもなく、世間的な認知度も高いわけではなかったこともありました。ただ、これは言い訳みたいでカッコ悪いですけど、当時に今の制度があったとしたらB3でもプロとしてバスケを続けていたんじゃないかと思います」

――決して、バスケットに飽きたとか、嫌いになったわけではなかったのですね。

「全然、そんなことはないです! 友達と草バスケはやっていましたし、高校同期の太田敦也(三遠ネオフェニックス)や対戦していた竹内公輔(宇都宮ブレックス)と竹内譲次(大阪エヴェッサ)の(双子の)日本代表を応援していました。それこそ、2016年のBリーグ初年度の開幕戦はちょっと泣きながら見ていましたよ。土日のゴールデンタイムに地上波のテレビで試合を見て『こんな時代がついに来た』という喜びが半分、『俺もあきらめなきゃよかったな』という複雑な気持ちが半分。『俺も泥臭くバスケにしがみついてたら、どうなってたんだろう...』という思いも、正直ありました」

――そういったところから巡り巡って、昨年より『熱血バスケ』のMCとしてバスケットボールに携わっています。どんなお気持ちですか?

「なんと言いますか......バスケットのお仕事は、お仕事なんだけどお仕事じゃないですね。僕はあくまでひとりのバスケットボールファンですし、自分が40年の人生で一番情熱を注いだのはバスケットと言って過言ではないので、それに携われるというだけでメチャクチャありがたいです。そもそも僕は、タレント活動を始めたときから『いつかはバスケの仕事をやりたい』と思って勉強をしていて、昨年ご縁があって『熱血バスケ』のお仕事をいただけた時は、本当にうれしかったです。会場に行っても、選手やファンの方々にお話を聞いても、"俳優・タレントの副島淳"でなく"ただのバスケ好きな副島淳"としていさせてもらっているところもあって、もう、楽しすぎます。

 ただ、試合会場に行くと、『あさイチ』で僕のことを知ってくれているファンの方に『バスケ、やってたんですね』って言われることもまだまだ多くて、そこは悔しいです(笑)。『やってましたよ! 何なら竹内兄弟と高校時代に対戦してますよ!』って自分からアピールしています」

「ただのバスケ好き」として取材に臨んでいるという副島さん「ただのバスケ好き」として取材に臨んでいるという副島さんこの記事に関連する写真を見る

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